母と父との埋まらない距離…晩年に知った母の因果応報
2023.09.142020年10月22日
映画化で再注目の「ホテルローヤル」の制作裏話とは?
主婦から直木賞作家に!桜木紫乃が語る自然体な生き様
作家の桜木紫乃さんが直木賞を受賞した小説『ホテルローヤル』が、女優・波瑠さん主演で映画化。桜木さんに、映画化の裏話から私生活のことまで伺いました。
専業主婦から作家へと華麗な転身をとげた桜木紫乃さん。直木賞を受賞した小説『ホテルローヤル』が、女優・波瑠さん主演で映画化されます(2020年11月13日公開)。
映画「ホテルローヤル」は、両親が経営するラブホテルを手伝う雅代(波瑠)とホテルの従業員、ホテルの利用客の喜びや悲哀を描いた人間ドラマです。
ずっと、地元・北海道が舞台の作品を書き続ける桜木さんですが、今回は仕事から私生活のことまで、いろいろなお話を聞かせていただきました。
ラブホテル「ホテルローヤル」で起きる物語は、私自身の経験と思いがつまった物語
―桜木さんの小説の映画化は本作で2作目ですが、桜木さんは「ここだけは変えないでほしい」などのリクストは一切しなかったそうですね。
桜木紫乃さん(以下、桜木紫乃)
はい。『ホテルローヤル』に限らず、私は小説家としての仕事をちゃんとできたと思っていますし、映画は映画人が自分の名前を懸けて作り上げるものなので、そこは別だと捉えています。小説家が面白くない小説を書いたら、もう次から仕事は来なくなってしまうのと同じように、映画の方々も一つ一つの作品に勝負を懸けていると思います。映画の表現者としての力を信じているので、私が細かく口を出すことはしません。もちろん脚本は事前に読ませていただいていますが、映画の撮影は現場で脚本が変わる場合も多いと聞いたので、確認くらいの気持ちで読みました。
―撮影現場を見に行きましたか?
桜木紫乃
2度見学させていただきました。撮影場所を見て、武正晴監督と美術スタッフはスゴイと思いました。ホテル内部の美術には、原作を読んだだけではわからない、原作者じゃないとわからないような小道具があったんです。
ホテルローヤルは私の両親が経営していたラブホテルで、私も学生時代に手伝いをしていました。小説は、そのときの思いを小説として書き上げたものです。美術スタッフの方々がセットした小道具、例えば事務所にある釣り道具やトロフィーなどは、この小説自体には登場しないものなのですよ。でもセットにあるということは、監督が私の他のエッセイなどを読んでくださっているということで、そこのこだわりに驚きました。
―それはうれしいですね。
桜木紫乃
うれしいのと同時に悔しい気持ちもありました。武監督に聞いたら「僕は、この小説を書いた人に興味があるんだ」と言われたのです。そのとき、自分を掘り下げられたような気持ちになり、一瞬悔しいと思ってしまいました。でもそれは心地よい悔しさ。監督は私の本を読んで、私のことを考えながら映画を作り上げてくださったんだなと。
誰かに自分のことを考えてもらうのってとても幸福なことだと思います。自分を掘り下げてくれてありがとうございます、という気持ちですね。この映画は自分を振り返るいいきっかけにもなりました。
難しいヒロインを演じきった主演女優・波瑠さんがスゴい
―主人公の雅代は、ホテル内で起こる出来事を傍観者として眺めているような静のヒロインでした。
桜木紫乃
とても難しい役だったと思います。雅代はラストまで自分から行動を起こすようなことをしないんですね。無表情のお芝居だったのですが、その中でも高校を卒業するときの無表情、何かを思い出しているときの無表情などがあり、確実に雅代は年を重ねているので、その無表情の中でも少しずつ変化があるんです。そこを波瑠さんは的確に捉えて演じられていました。
私は監督に、そのような指示をされたのですか?と聞いたのですが、すべて波瑠さん自身が考えて演じていたそう。もともと波瑠さんは小説「ホテルローヤル」を読んでくださっていたそうなので、読み込んで雅代像を作ってくださったと思います。
執筆は午前中、夜はきくち体操でリフレッシュ
―桜木さんは主婦をしながら作家デビューをされています。ハルメクWEB読者の中には、やりたいことはあるけど、なかなか実現には至らないとか、スタートが切れないという方は多いのですが、桜木さんは専業主婦から、どのように作家への道を切り開いたのでしょうか?
桜木紫乃
結婚して、仕事をやめて専業主婦になり、子どもを育てながらできること、私が興味を持ってできることを考えたとき、文章を書くことしかなかったんです。作家になりたくてなったというより、文章を書いて表現するのが好きで、その延長線上に作家があったんです。
現代詩を書いていたんですが、あまりパッとしなくて、そのとき「小説を書いてみたら?」と、すすめられて「小説、いいな、やってみたい」と思い、そのときどきで興味のあることを書いてきたんです。
―小説家の毎日はどのようなスケジュールなのでしょうか? 夜型ですか?
桜木紫乃
いえいえ、午前中がいちばん能率が上がるので、自宅で午前中に執筆するのが基本です。絶対に徹夜はしません。14時くらいまで作業をして、あとは映画を見たり、好きな本を読んだり、余力があれば校正などゲラチェックをしたりします。
合間に食事をして、夕方以降は、寝る準備ですね。ちょっと不眠に悩んでいるので、雑誌「ハルメク」を読みながら、前屈したり、足を上げたり下げたり、きくち体操をやっています(笑)。
夫と夢の二人暮らしのはずが、親の老後が心配
―小説家として成功され、2013年に直木賞も受賞されていますが、有名になるにしたがって、生活に変化はありませんでしたか?
桜木紫乃
いえ、あまり変わっていませんね。確かに商業的に成功して、その分、責任も重くなりましたし、出会う人も増えていきましたけど、デビュー前と今と生活が変わったかと聞かれると、本当に何も変わっていないです。小説以外にやることが増えましたけど、それもまた刺激になっていて楽しくやっています。
生活の変化は年齢とともに変わっていくもので、私の場合、子どもたちが大人になり、手が離れたことが大きいです。小説を書き始めたときは、下の子が小学生でしたけど、今は独立して、我が家は夫と夢の二人暮らしです(笑)。
―それは良かったです!
桜木紫乃
でも今度は親の心配が増えてきました。まだ車の運転をしているので、ヒヤヒヤしてしまいます。夜中に電話があるたびに「何かあったのか?」と考えてしまいますし。私が小説を書くことも、あまりいい顔はしていないんですよ。直木賞をいただいたとき、やっと私が小説を書くことを受け入れてくれましたが、それまでは全然でした。特に姑が(笑)。
今でも「小説、いつやめるの?」って聞かれるので「う~ん、わかんない」と曖昧な返事をしています。絶対にダメということはないのでしょうが、将来自分たちの面倒をみてくれるだろうか……と不安なのかもしれません。おかげさまで、今はとても元気で、自分の足で外出したりできるので大丈夫ですが、姑から「いつやめるの?」って聞かれるたびに困っています(笑)。
『ホテルローヤル』が伝えたいことは、前向きな逃避
―最後に、これから『ホテルローヤル』を見る方へのメッセージをお願いします。
桜木紫乃
武監督ともお話ししていたことなのですが、「前向きな逃避」ってあると思うんです。私は子どもたちに「心が擦り切れてつらいときは、そこから逃げなさい」と言ってきたのですが、武監督も同じ考えでした。
この映画は前向きな逃避を描いています。年代を問わず、女性に見てほしいです。つらかったら逃げていい、遠慮なんかしないでとにかく逃げて!と。それがこの映画を通して、私からみなさんに伝えたいメッセージです。
桜木紫乃プロフィール
さくらぎしの 1965年、北海道釧路市生まれ。2002年『雪虫』でオール讀物新人賞を受賞。2007年、同作を収録した『水平線』(文藝春秋刊)で単行本デビュー。2013年『ラブレス』(新潮社刊)が島清恋愛文学賞受賞、『ホテルローヤル』(集英社刊)で直木三十五賞受賞、2020年『家族じまい』(集英社刊)で中央公論文芸賞受賞。自身の作品の映画化は「起終点駅 ターミナル」(2015年公開)に続ぎ2作目。
■映画情報
「ホテルローヤル」
(2020年11月13日より全国ロードショー)
監督:武正晴
原作:桜木紫乃『ホテルローヤル』(集英社刊)
出演:波瑠、松山ケンイチ、余貴美子、原扶貴子、伊藤沙莉、
取材・文=斎藤香 写真=泉三郎 編集=鳥居史(ハルメクWEB)
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