落合恵子さん「する・しない」選択で人生を深く豊かに

2024年02月04日

70代後半でたどり着いた人生後半の生き方

落合恵子さん「する・しない」選択で人生を豊かにする

人生100年時代、50代はまだまだ折り返し地点です。人生の先輩はどう今を生きているのでしょうか。1976年に子どもの本の専門店「クレヨンハウス」を開設し、70代後半になる作家の落合恵子さん。人生後半で“すること”“しないこと”とは?

落合恵子(おちあい・けいこ)さん

1945(昭和20)年、栃木県生まれ。67年、文化放送に入社。74年に退社し、本格的な執筆活動を開始。76年、東京に子どもの本の専門店「クレヨンハウス」開設。女性の本、安全安心な玩具なども扱うようになり、オーガニックレストランを併設。91年、大阪店開設。

著書に『決定版 母に歌う子守唄 介護、そして見送ったあとに』『泣きかたを忘れていた』他。昨年、クレヨンハウス45周年記念に絵本『あの湖あの家におきたこと』『悲しみのゴリラ』を刊行。

人生後半を豊かにする「自前の生き方」

「自前の生き方」が人生後半を豊かにする

※インタビューは2021年1月に行いました。

2020年から続くコロナ禍で、私たちはあらためて、昨日が今日になり、今日が明日につながることが、なんてかけがえのないことなのか気付いたのではないでしょうか。

そして、こうした切迫した時代においては、考え方も生き方も“自前”でなきゃいけないと、なおさら感じるようになりました。私の好きな言葉に「I can’t live your life」があります。「あなたを生きられるのはあなただけ」という意味ですが、少し深めると、一人一人が自前の生き方をしましょうという意味にも解釈できます。

特に50代60代の大人世代は、年を重ねて失っていくことが多い一方で、限られた日々をどう生きるかを自分に問いかけ、ある意味、生きる本質に素手で触れることのできる年代です。だからこそ、何かを積極的に「する」という選択と同時に、積極的に「しない」という選択を自前でどれだけできるか……それがこの先の豊かさに結びつくのではないかと思うのです。

私自身は、“多くはいらない”という選択をするようになりました。深く丁寧に暮らすために、むしろ少ない方がいいと考えるようになったのです。ここから紹介する私の「すること・しないこと」の選択が、何か少しでもあなたのヒントになればうれしいです。

すること1:手仕事をする

すること1:手仕事をする

小さな庭で土いじりをしたり、料理をしたり……。手仕事をしているときは、私にとって一番楽しい時間であり、いい意味で頭を真っ白にできる時間です。

このコロナ禍で、クレヨンハウスのスタッフたちのことや先のことをあれこれ考えると、なかなか肩の力を抜くことができません。そんなとき、空豆をさやから出したり、庭に種をまいたり、花殻を摘んだりしていると、頭の中に気持ちよく風の通り道ができて、“まあ、いいや。がんばってみよう”という気持ちになれるんです。

すること2:元旦に遺書を書く

すること2:元旦に遺書を書く

毎年1月1日は、書き初めとして遺書を書きます。きっかけは30代後半と40代後半に大事な友人を亡くしたことでした。

彼女たちから“最期はこうありたい”という話を私はいろいろ聞いていました。にもかかわらず、文章として残っていなかったため、親族でもない私は、彼女たちの意志をご家族にうまく伝えることができず、苦しい思いをしたのです。だから、せめて私はという思いで遺書を書いています。彼女たちからの宿題ですね。

いざというとき、周りの人を苦しめたくないので、「こういう状況になったら延命治療はお断りします」といったことを明文化しています。やはり現代医学というのは、治療して回復させることを目的としていますから、医療従事者に向けても、「回復の見込みがないとしたら無理をしないでください。これは私の選択ですから、どうか悩まないでください」という一文を添えています。

すること3:悲しみを抱きしめる

すること3:悲しみを抱きしめる

母の死に、私はとても苦しみました。医療に怒りを感じたり、介護で疲れてしまったりいろいろあって、大好きな母が亡くなったとき、優しい悲しみに出合いたかったのに、怒りや無念の悲しみが湧いて苦しかったのです。

そんなとき大先輩の女性が「それだけ愛する人と出会えて、母と呼べたことは幸せなのよ」とおっしゃいました。その言葉が私の中にすーっと入っていき、やがて“悲しんでいいんだ。この悲しみをちゃんと抱きしめてあげよう”と思うようになりました。今は悲しみすらも、いとおしいという気持ちです。

しないこと1:物を増やさない

しないこと1:物を増やさない

私は可能な限り物を増やさないように心掛けています。でも残念なことに、暮らしを営んでいると、どうしても物は増えてしまうんですね。掃除はまとめてやる、と決め込んでいるずぼらな私は、年に1回、思い切って物を処分します。

写真や書類は迷わずシュレッダーに。服やアクセサリー類は、知人や若い人たちに差し上げたりしています。自分でも笑ってしまうんですが、プレゼントした服を若い人が着てくれると、私よりはるかに似合っていて悔しいなと思います(笑)。

しないこと2:白髪を染めない

しないこと2:白髪を染めない

白髪染めをやめたのは、今から20年くらい前。まだグレイヘアという言葉もない時代でした。当時、私は母の介護をしていて、染めるのが面倒だったというのが理由の一つ。もう一つは、自然に逆らってもしょうがないじゃないって思ったんですね。やっぱり人間よりも自然の方が強いわけですから。

その当時は「あなたの白髪が、お母さまの介護が大変だということをいかにも物語っているから、染めなさい」と、ずいぶん周りの人に言われました。知らない美容師さんから「染めてあげます」と手紙をいただいたこともあります。それでも、“私はもう染めない、白髪でいこう”と決めたわけです。

髪が白くなると、黒い服でも軽やかに見えるし、白い服はより明るく見えるという発見もあり、面白いですね。ある年代になり、ある状況にたどり着かないとわからないことが確かにあって、それは獲得なのだと思います。

しないこと3:電話番号を消さない

しないこと3:電話番号を消さない

2020年、いよいよ私も携帯電話をガラケーからスマホに変えました。そのとき、大事な電話帳データは全部スマホに移してもらいました。データの中には、すでに亡くなった方の電話番号がたくさんありますが、私は消しません。その番号を押すと、その人の声が返ってくるような気がして消せないんです。

この年齢になると、残された時間はそんなに多くありません。それに私は人と付き合うとなったら、最後までしっかり付き合いたいと思うので、自分のキャパシティを考えると、これ以上、人間関係を広げられないなと思うようになりました。

人ってとても複雑でありつつ、とてもシンプルで、やっぱり温かいものがほしいし、誠実なもの、確かなものに出会いたいのだと思います。そう考えたとき、新たに知り合って、温かく誠実な人間関係をまた一からつくる余白のようなものが、私に残されているのかわかりません。

だから、スマホの電話帳からすでにいない人の番号を消せない一方で、新しく知った番号を登録することはもうないかもしれないと思うのです。

取材・文=五十嵐香奈(ハルメク編集部) 撮影=島崎信一
※この記事は雑誌「ハルメク」2021年3月号を再編集、掲載しています。


落合恵子さんの近著2冊

『明るい覚悟 こんな時代に』

落合恵子さんのエッセイ『明るい覚悟 こんな時代に』

エッセイ『明るい覚悟 こんな時代に』(朝日新聞出版刊/1650円)。「老い」は大きな喪失をもたらすけれど、時にこの上ない獲得も運んでくる……。年齢を重ねた落合さんが辿りついた「明るい覚悟」を、とびきりの絵本22冊とともに紹介するエッセー集です。

『わたしたち』

わたしたち

長編小説『わたしたち』(河出書房新社/1870円)。1958年4月、中高一貫教育の女子校・希美(のぞみ)学園で出会った「わたしたち」。13歳になる年から彼女たちが人生の最終ステージを迎える2021年まで、それぞれの人生を果敢に生き抜こうとする「わたし」の物語。


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50代は人生の折り返し地点。特に女性は更年期や子どもの独立、会社での立場の変化など、“人生の変化”が訪れる時期です。これまで雑誌ハルメクで掲載したインタビューの中から、樹木希林さん瀬戸内寂聴さん、元NHKアナウンサーの内多勝康さんなどの、特に「生きるヒント」が詰まったインタビューを厳選してお届けします。
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