誰もが直面する可能性がある、大切な人との別れ
大切な人を亡くしたときの乗り越え方…あなたを支える3つの処方箋
大切な人を亡くしたときの乗り越え方…あなたを支える3つの処方箋
更新日:2025年09月13日
公開日:2025年07月23日
編集部に届く読者はがきには、大切な存在を失った経験談が添えられていることも
思い出を胸に人生を歩み始めている方もいれば、一人で苦しんでいる方、気力が湧かずにうつうつとしている方も。
「悲しみは時間とともに癒えていくと思いがちですが、そうとは限りません」と話すのは、喪失体験に伴う心の動きに詳しい公認心理師の井手敏郎さんです。
「故人との関係性や、どのように亡くなられたか、話を聞いてくれる人がいるかどうかなど、さまざまな要因によって、自身を取り戻す道のりは変わってきます。悲しみのあり様はそれぞれで、他の人との比較はできないものです」
処方箋1:心の揺れ動きを知っておくと、つらいときの助けになります
心がたどる変遷も人それぞれ、決まった順番はないと井手さんは話します。
「下図に、大切な人を失ったときに抱く代表的な心の状態(感情や認知)を挙げましたが、実際はもっと多様で、名前のつけられない心の状態になることも。喪失経験の直後は、混乱や、事実を認めたくない気持ちになることもあるでしょう。自分を遺していった故人への怒り、もっとこうしていればという後悔や罪悪感、『嘆いても仕方ない』といった諦めや、気持ちを切り替えよう、前を向こうとする転換と言われる状態になることもあると思います。かと思えば、急に強い悲しみに引き戻されたりーー。心の動きはとても複雑です」
複雑だからこそ、心の変化の可能性を知っておくことは、暗い道で迷いそうなときの道しるべになる、と井手さん。
「故人に深い愛着を持っていればこそ、心はさまざまに揺れ動きます。揺れ動きながらも、人は少しずつ再生に向かっていきます。自分らしく、悲しみにとらわれずに暮らせる未来がやがてやってくることを、知っておいてほしいと思います」
大切な人を失ったとき、心にはさまざまな感情や認知がランダムに浮かびます
処方箋2:ネガティブになるのは自然なこと。どんな気持ちも大切に

湧き起こるさまざまな感情の中には、自分を保つことが難しくなるような、激しいものもあります。
「故人に持っていた怒りが噴出することは珍しくありません。また周囲からの心ない言葉に傷つき、孤独感を深めることも。ネガティブな感情はとても強く、そんな気持ちになる罪悪感も生まれます」
どんな感情であっても、今の大切な気持ち。「大きな存在を失ったのだから、ネガティブになるのは当然」と認めることが、苦しみを和らげる一歩になると井手さんは言います。
「一時的にでも気持ちがラクになる対処法を知ると、苦しいときに役立ちます。次の3つの他、体をゆっくり休める、自然の中を歩くのもおすすめ。自分にやさしくする、を心掛けましょう」
(1)スーッと、気持ちが収まる「バタフライハグ」

胸の前で腕を交差し、安心できるもの、人、場所などを思い浮かべながら、手のひらで肩や腕を交互にトントンと軽く叩きます。災害支援の現場でも採用されている方法で、自分をやさしく抱きしめて刺激することで、不安感を鎮める効果があります。自分のリズムで2分ほど続けましょう。
(2)気持ちを紙に書き出す

一人でも胸の内を表現できる方法の一つです。気持ちを整理できる効果も。ただ際限なく書き続けるとかえって心が参ってしまうこともあるので、30分以内にするなど、書く時間を決めて行いましょう。
(3)信頼できる誰かに話を聞いてもらう

ネガティブな感情を内側にため込むと、体に不調が出ることも。身近に信頼できる人がいるなら、話を聞いてもらいましょう。またはグリーフケア(喪失に伴う悲しみをケアすること)の専門機関に連絡し、対話の場を持つ方法もあります。
(その他)話を「聞く側」の立場になったときは
話をさえぎらず、親身になって耳を傾けましょう。「気持ちはよくわかる」「時間が解決する」といった常套句が、相手に「何もわかっていない」と思わせることも。助言はせず、うなずいてそばにいるだけで、大きな力になります。

処方箋3:傷を負ったからこそ、見えてくる景色があります
喪失からの肯定的な変化を、よく「回復する」「乗り越える」と表現しますが、井手さんはこれらの言葉に「悲しみを完全になくすことを目指している」という偏ったニュアンスを感じると言います。
「大切な人との別れは『体の一部を失ったかのよう』と表されることもあるほど、つらいものです。けれど、この経験を経たからこそ、見えてくるものがあります。人の痛みや、何でもない日常の尊さ、毎日の夕焼けがどれだけ美しいか……。些細なようでいて、人生の見え方を決定的に変えてしまうような大切なことに、気付くきっかけになるのです」
負った傷を慈しむことで、抱えている本当の感情に気付けるようになると、井手さんは話します。
「私は、日本の金継ぎという技法を好んできました。割れたお皿の傷を、あえて目立つように修復し、その二つとない美しさを『景色』と呼んで、愛でるーー。金継ぎで修復されたお皿を見ていると、人が持つ回復力のすごさを教えてくれた、これまで支援してきたたくさんの人たちの顔が浮かんできます。
悲しみから立ち直ろうとしなくても、前を向けなくても、今の気持ちを大切にできれば、いつか傷さえも愛おしい自分の一部になります。つらいときは周りの人に助けを求めたり、支援機関とつながりましょう。あなたらしく再生できる道は必ずあります」
教えてくれた人:井手敏郎(いで・としろう)さん
公認心理師、一般社団法人日本グリーフ専門士協会代表理事。幼少期の喪失体験をきっかけに日本、アメリカ、ドイツでグリーフケアを学ぶ。遺族専門支援サイト「IERUBA(イエルバ)」を運営し、オンラインで遺族が集う「わかちあいの会」などを行っている。
取材・文=田島良子(ハルメク編集部)、イラストレーション=松栄舞子
※この記事は、雑誌「ハルメク」2024年12月号を再編集しています。




