戦争について考える

私は「焼け跡世代」です

公開日:2022.09.26

エゴドキュメントの番組、NHKスペシャル 新・ドキュメント太平洋戦争「1942 大日本帝国の分岐点」を観たり、戦争に関わる映画を観たりして、あの戦争を追体験した夏でした。

「焼け跡世代」

この単語を最近まで知りませんでした。

「幼少期と少年期を第二次世界大戦中に過ごし、その大戦の記憶を持つ最後の世代」(昭和10年/1935年 4月2日から昭和22年/1947年 4月1日までに生まれた世代)を指すのだそうです。

「焼け跡世代」
広島平和記念公園内にある「平和の鐘」

確かに戦時中の記憶が断片的にあります。

天井からぶら下がった電球と、その傘が黒い布で覆われていたこと。母の実家に疎開中、山の端の夜空がオレンジ色に染まるのを見て、「あぁ、富山(市)が燃えている」と周囲の大人たちが話していたこと。

他にも瞬間的な場面の記憶がいくつかあります。後年の知識をもとに思い出すと、あれはB-29だったのか、あれはサーチライトの光だったのか、という具合です。

映画『アンネフランクと旅する日記』を観ました

中学生の時に『アンネの日記』を読みました。

生徒の読書指導だったのでしょうか、音楽の先生の推薦でした。先生にすすめられた本は数冊読んだと思いますが、この本だけが記憶に残っています。

映画『アンネフランクと旅する日記』を観ました

私と同世代の女の子が体験する、非日常的な異常さを理解するのは難しいことでした。同い年でありながら、ずっと年上のお姉さんの日記を読んでいる気分でした。

今思うと、少女時代の多感さを素直に書き連ねていたのだと理解できますし、人間の根源的な権利というものについて深く考えさせられます。

映画『親愛なる同志たちへ』を観ました

1962年にソ連(フルシチョフ政権下)で起きた、大規模な労働者たちのストライキを扱ったロシア歴史ドラマ。2020年にモノクロで製作されていて、今だったら製作や配信がされたかどうかと思う程タイムリーで怖い映画でした。

映画『親愛なる同志たちへ』を観ました

NHK 新・ドキュメント太平洋戦争「1942 大日本帝国の分岐点」を観ました

当時、ミッドウェー海戦の頃、戦況報道の誤報を避けるため、報道は「大本営発表」として一本化され、戦況が悪化しても戦意高揚のためと称して偽りの戦果を報道し続けたようです。

現代でも、「大本営発表」は死語でなく「自分に都合のいいだけの信用できない情報を発表する」という意味で使われていますね。

近年、「フェイクニュース」や「プロバガンダ」が世界で横行しているようです。まさに「歴史は繰り返される」のでしょうか。

「平和」を実現するにはどうしたらいいのか

連日TVはウクライナ情勢を伝えてくれています。廃墟と化した映像に胸が痛みます。日本でもかつては、戦禍で廃墟の町が全国にたくさんありました。

「平和」を実現するにはどうしたらいいのか

今年(2022年)の広島の平和記念式典に遠くからでもと思い、平和公園に行ってきました。

その折り、若い20歳代の女性3人のグループから、小見出しのような質問を受けました。彼女たちの活動に感心するものの、私は答えに窮しました。

ただ祈るだけでいいのか?
そのほかに何ができるのか?
為政者たちはどこに向かおうとしているのか?
力による強行を阻止する方策は?

私たちに何ができるのかを、常に考えていかなければいけないとあらためて痛感しました。

 

■もっと知りたい■

とし古

祖母は60歳の頃、針仕事や寺参りを日課にしていました。母は70歳の頃不自由な体で家族のために働き趣味の書道教室にも通っていました。そして私はいま八十路を歩いています。体力・知力は衰えを感じますが考える事・感じる事は昔と変わらないと思っています。死ぬまでにやっておきたい事に色々チャレンジしたいです。

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