心洗われる!とっておきのいい話を「音声番組」で
2023.03.072023年04月21日
あなたのお話しお聴きします・1
人に言えない苦しみを聴き続ける僧侶・前田宥全さん
「あなたのお話し お聴きします」と門前に貼り紙をしたお寺があります。東京の住宅地にある小さなお寺・正山寺住職の前田宥全(まえだ・ゆうせん)さんは、これまで700以上の話を聴いてきました。今も生きづらい現代人の悩みに寄り添います。
「あなたのお話し お聴きします」住職の前田宥全さん
曹洞宗正山寺 住職
前田宥全さんプロフィール
まえだ・ゆうせん
1970(昭和45)年、東京都生まれ。東北福祉大学卒業。永平寺での修行を経て1996年より現職。2001年から「あなたのお話し お聴きします」の活動を始める。07年に「自殺対策に取り組む僧侶の会」(現「自死・自殺に向き合う僧侶の会」)を立ち上げ、副代表に就任。NPO法人自殺対策支援センター「ライフリンク」の活動にも参画している。
他人には些細なことでも、あなたには重大な問題だから
私は東京都港区にある曹洞宗の寺、正山寺(しょうさんじ)で住職をしています。住宅街の路地に面した入り口の掲示板に「あなたのお話し お聴きします」と大きく書いた紙を貼り出したのは、2001年。紙には「他人には些細なことでも、あなたにとっては重大な問題ですから」と書き添え、寺の電話番号を記しています。
たったそれだけの紙ですが、貼り出した翌日から、さまざまな悩みを抱えた方が次々やって来るようになりました。学校や会社、家庭内での人間関係に苦しんでいる方、大切な人に先立たれ悲嘆にくれている方、経済的に困窮し身動きが取れなくなっている方……。
これまでお話を伺ったのは、小学生から90代まで726人。散歩や通勤・通学の途中で貼り紙を見たという方もいれば、口コミでいらっしゃる方もいます。最近ではネットの検索で「こんな寺がある」と知り、北海道や九州から電話をしてこられる方もいます。
面談は予約制で1回80分。お金は受け取りません。一度来られた方がリピーターになることも多く、面談数はだいたい月に30件ほどです。
貼り紙をして間もない頃、10歳くらいの少年が、境内の石仏にずっと手を合わせていたことがありました。声をかけると、「お父さんとお母さんの仲が悪くて、僕にもきつく当たる。ここでお願いすれば何とかしてくれんじゃないかと思って……」と話し始めました。
その少年は、門のところに貼り紙があったから、中に入ってもいいのかなあ、お願いをしてみようかなあ、と思ったのでしょう。もし紙がなかったら、寺の門をくぐることさえなかったに違いないと思うのです。
昔から「駆け込み寺」という言葉がありますが、現代における寺はどこか敷居が高く、気軽に相談できるような場所ではないという声もあります。だからこそ、「どなたでもどうぞ」と、苦しみを抱えている方にメッセージを伝えたい。貼り紙にはそんな願いを込めています。
365日門を開け放ち、訪ねてくる人と対話する父の姿
私は東京の下町・門前仲町にある永代寺(えいだいじ)という真言宗の寺に生まれました。深川不動という大きな寺の参道にあって、多くの方が厄除けのお参りに来る寺です。ただ私は三男なので寺の跡取りになる必要はなく、僧侶になるつもりもありませんでした。
ところが大学4年になる頃、母から突然「正山寺を継いでほしい」と頼まれたのです。正山寺は母の実家で、住職だった叔父がその7年前に亡くなって以来、住職不在になっていました。あまりに急な話だったので、私は1週間考える時間をもらいました。
そのとき思い起こしたのが、一番身近にいた僧侶である父の姿でした。
私が幼い頃から、父は外に出る用事がない限り、いつも本堂に座り、ひっきりなしに訪ねてくる人たちと対話していました。365日、門を開け放ち、お寺を求めてくる人、僧侶を求めてくる人ととことん付き合う。考えてみたら、そういう父の生き方はすごいことだと気付いて、自分も同じことができたら素晴らしいだろうなと思ったんです。
結局、「継ぎます」と返事をし、大学卒業後は福井県にある永平寺で2年間修行。25歳で正山寺に赴きました。「あなたのお話し お聴きします」と貼り出したのは、その5年後のことでした。
介護の母に「早く死んでくれ」と願っていた女性は…
以来、この寺には、人には言えない苦しみを抱え、「生きているのがつらい」「死にたい」と悩みを打ち明けてくださる方がたくさんいらっしゃいます。
そういう方に、私は始めから教えを説いたり、仏教の言葉を押し付けることはしません。もちろん仏教は生きていくヒントとなる教えですので、必要に応じて、必要な時期に仏様の教えを伝えることはあります。でも初めは徹底して、丁寧にお話を聴くように努めています。
言葉の表面を聴くのではなく、その方の気持ちをお聴きして、その方が本当に進みたい方向を一緒に考え、探っていきます。
例えば「母が亡くなったんです」と言ったきり、黙りこんでしまった女性がいました。そこで「それは悲しかったですね」と声をかけるのは早合点。その沈黙の意味を考えながら「今どのようなお気持ちですか」とお訊きすると、「実はすっきりしているんです」と胸の内を吐露されました。
「長年、自分のすべてを投げうって母を介護してきた。だから今とてもすっきりしている。こんな私はいけないのでしょうか?」と。その気持ちを受け止めながら、さらにお話を聴くと、介護の苦しみやつらい日々を切々と語られた後、「母の世話をしながら、何度も何度も『早く死んでくれ』と祈っていた」と告白されたのです。
私は「死んでくれ」と思ってしまうのは、良い悪いという問題では決してないと思います。人はいろいろな状況で、誰かに死んでほしいとも願うし、自分が死んでしまいたいとも思う。その気持ちに正解や不正解はありません。実際お話を聴くにつれ、その状況だったら「死んでくれ」と願うのも自然かもしれない、と思うこともあるのです。
だから、そのような告白をされた方に私は、同じ立場だったらどう感じるかを正直にお伝えします。正直にかかわることで、「誰にも言えなかったことも話していいのでは」「この人となら、つきつめて考えられるかもしれない」という信頼関係が生まれます。
人とつながり、信頼感を得て、生きていくための自信と目標を獲得する――相談にいらっしゃる方は、それを求めているように感じます。
正直に言えば、最初は大変なことを始めてしまったと思いました。毎日のように、重く苦しいお話を聴くわけですから。
でも、面談の最後に「心が軽くなりました」「ありがとうございました」と言われると、こちらまで心が軽くなったり、ありがたい気持ちになったりするんです。
結局ここにいらっしゃる方々から、私もまた生かされている、そう思うのです。
苦しみの中でも生きていこうと覚悟を決められる場所に
少し話がさかのぼりますが、私は高校時代に一度、左目を失明しているんです。当時、私は強豪校と呼ばれる高校の野球部に所属していました。最近も、高校野球の名門校で上級生が下級生に対して暴力を振るった事件が問題になりましたが、私がいた野球部でもシゴキという名の暴力が日常的に行われていました。
練習がきつい上、上下関係が厳しく、下級生は水分補給も休憩もなしでしごかれる。それで意識もうろうとなってミスをすると、練習後、上級生から「ふざけるな」と殴る蹴るのリンチを受けるんです。もう体中アザだらけで、固めたタオルで思い切り耳を殴られ、鼓膜が破れたこともありました。
本当は誰かに話せばよかったのですが、まるで学校全体がグルになっているような感覚にとらわれ、何より上級生からの報復が怖かった。親には心配をかけたくないから絶対に言えないし、まるで牢屋にでも閉じ込められたような八方塞ふさがりな状態でした。
毎朝、練習のために始発電車に乗るとき、いつ飛び込もうかと、そればかり考えていました。今思えば、つらさを誰にも話せないことがどれだけ苦しいか、どれだけ人を追い込んでいくか、このとき身をもって知ったのです。
高校1年の秋、ある先輩のポジションを私が奪う形になりました。そしてある日、練習中に先輩がやっかみからボールを何発も私に投げつけてきて、そのうち一発が左目に命中。目のまわりの骨が砕け、失明してしまったのです。
その後の手術で視力は現在では0.7まで回復しましたが、当時は左目が見えなくなった上に嘔吐が止まらず、集中治療室に緊急入院。このことは暴力事件として新聞でも取り上げられ、先輩は退学処分に。野球部は対外試合3か月間禁止となりました。
後になって聞いたのですが、私が入院中に学校関係者が自宅の寺に謝罪に来たとき、父は極めて冷静に「やられたことは確かに許しがたい。でも、この経験はきっと息子の糧(かて)になる」と言ったそうです。
その父の言葉は、私の大きな支えになりました。「あいつなら糧にできる」と父が言ってくれるなら、できるに違いないと。やはり人から認められる、信じてもらえるって、すごい力があるんです。
ちょっとおこがましいですが、この寺が相談者にとって、そういう存在であってほしいと私は思うんです。
この世は苦しみに満ちています。後から後から、苦しみは生じます。そのつらさを、ここでは安心して吐き出していい。そしていつでも「あの寺がある」と思い出してほしい。
寺には「苦しみの中でも生きていこうと覚悟を決められる場所」としての力があると信じていますし、それが私の目標なのです。次は家族を自死(自殺)によって亡くした遺族と、手紙を通して交流する活動に触れます。
※前田宥全さんによる無料相談「あなたのお話し お聴きします」は現在、完全予約制です。
https://www.shosanji.jp/activity.html
取材・文=五十嵐香奈(ハルメク編集部)
※この記事は雑誌「ハルメク」2013年8月号に掲載した記事を再編集しています。
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