014:佐々木由美さん(57歳)
49歳で外資系企業を早期退職し、旅する料理人に…楽しい!に素直に生きる
49歳で外資系企業を早期退職し、旅する料理人に…楽しい!に素直に生きる
更新日:2025年05月22日
公開日:2025年03月25日
50代から新しい一歩を踏み出して、第二の人生を歩み始めた人たちを追う「わたしリスタート」。外資系企業で第一世代のバリキャリとして働いていた佐々木由美さんが退職したのは50歳目前。趣味の副業を本格化し、自由な人生にシフトする秘訣とは?
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あなたの“リスタートのヒント”が、きっと見つかるはず。
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佐々木由美さんのリスタート・ストーリー
大学を卒業後、外資系の化学メーカーに入社。「男女雇用機会均等法」第一世代にあたり、営業やマーケターとして27年間、激務の中奮闘していた佐々木由美さん。
旅が好き、料理が好き、釣りが好き――好きを集めた“旅食人”として、さすらいスナック「ハワイ商店」を始めたのは2011年から。知り合いの飲食店の休業日に間借りし、そこのキッチンを使って、自分で調達した食材を使って食事の提供を始めた。
会社員としてモーレツに働きながら、時間を見つけては旅に出て全国各地で食材を調達し、「ハワイ商店」の活動を広げていった。あくまで副業のつもりだったが、会社の副業規定に引っかかりそうになり、30年近く勤め上げた会社を2017年に退職。
安定した職を手放し、自由気ままな生活をなんとか成り立たせながら、今の働き方や暮らしを心の底から人生を楽しんでいる。
50歳目前で退職。ライフワークの料理と旅を仕事に

――「ハワイ商店」の活動を始めたきっかけは?
私、40歳のときに離婚をしているんです。一人暮らしを始めたときに、一人で飲み歩くようになって。そのうち、20代の女の子の飲み友達がたくさんできて、自宅でホームパーティをするようになりました。
もともと料理は好きでしたが、そこで人にごはんを食べてもらう楽しさを知って、周囲からも「お店をやったらいいのに」と言ってもらううちに、その気になってしまいました(笑)
42歳のときに、祖母が戦後に営んでいたよろず屋の屋号「ハワイ商店」を受け継いで、会社員をやりながら、不定期に“さすらいスナック”を始めました。
――「ハワイ商店」ではどんな活動をしていますか?
会社員との二足の草鞋だったので、店舗を構えるのはハードルが高い。それでご近所や人づてで知り合ったいろいろな飲食店で、休業日や休業時間など空いている時間を間借りしてゲリラ的におつまみ居酒屋を開店し始めました。
営業の付き合いで始めた釣りにハマり、今は趣味の船釣りで釣った魚もさばいて出しています。
高校生の頃から旅が好きだったこともあり、旅先で出会ったお店でも開店。旅先では、JAや道の駅、地元のスーパーなどに足を運び、生産者さんと会って話して、選んだ食材で即興で料理しておもてなしします。
料理学校で学んだわけでもなく、調理師免許を持っているわけでもなく、旅して食を提供する人だったので、自分を「旅食人」と名付けました。なかなかいいネーミングでしょう?
――「チャレンジするなら今だ」と思ったタイミングは?
6年ほど続けていましたが、SNSで発信をし始めたこともあり、一応会社の確認をしたところ、副業規定に引っかかることがわかり、 副業NGだと言われてしまって。
そして、会社から肩たたきをされたのもこの頃。新卒からずっと働いていた会社で長年、営業マーケティングを担当し、営業成績もよかったのですが、その年、初めて売り上げが目標達成できなかったんです。
すると「もし希望があれば、辞めてもいいですよ」って。しかも「1か月以内に決めてください」と。いかにも外資系って感じですよね。上司からではなく人事から直接言われて、上司にも相談せず、即、退職を決意。
当時49歳。想像よりちょっと早かったけど、50歳になる前に自分の本当にやりたいことに重きを置こう、副業である「ハワイ商店」に力を入れていこう、と決心しました。
もともと飽きっぽい性格で、定年まで勤め上げるイメージはなく、会社員時代も、10年ごとにこれからどうしようかな、と考えたり、定期的に自分の中に揺さぶりが来てたんです。やりたいことがいっぱいあったので、もう迷わないぞ、と。
人生後半、雇われる働き方から自分で選ぶ働き方へ

――会社員を辞めて、生活に変化はありましたか?
当然、入ってくるお金が少ないから貧乏にはなります。
でも、離婚した年に母が亡くなり、高齢の父が一人暮らしだったので、このタイミングで実家に戻って一緒に暮らし始めました。これで家賃を払う必要はなし。この安心感は大きかったかもしれません。
失業給付金をもらいつつ、アルバイトをしたりしていましたが、基本は自炊にして、会社員時代のようにあれこれ使わなければ、なんとかなりました。
それに、いろんな年代、いろんな仕事をしている友達が増えましたね。
――会社員を辞めたことへの後悔や不安は?
最初は、やっぱり会社員で働いた方がいいのかな、といろいろ迷ったりもしましたよ。
旅行好き、特に島好きなので、自分からアポイントを取ってある島の新聞社や出版社などさまざまな仕事を探したりもしましたが、見事に落ちまして。また、ある地方の「地域起こし協力隊」に応募して採用直前まで行ったけれど「2年間も実家を離れられるのは不安だ」と父に言われて諦めたり。
それに退職したばかりの頃は、前の会社の人に会うと憐れんだような目で「大丈夫?どうしてるの、どうやって暮らしているの」って聞かれたり。
でも、ハワイ商店の活動をやめることは考えられなかったので、後悔はありませんでしたね。1、2年経ってくると、「なんか楽しそうだね」「うらやましい」と言われるようになりました。
――これまでの経験で役立ったことは?
前職で培った営業スキルです。
ハワイ商店も日本酒販売の仕事も、今やっているすべての仕事は、前の仕事の好きなところだけやっている感じなんです。前の仕事でも新規開拓が好きで、全国各地を飛び回り、新しい人に会い、関係を築いていきました。
その延長なのか、飲み屋さんで知らない人と話すのも好きだし、私がいいと思っている食材を知ってもらうことも好きなんです。お酒を売る仕事も天職で、私がおいしいと思っているものを飲んでいただくのがうれしくて。
それ以外にも、「お店がオープンするから手伝って」と言われて五島列島と沖縄の島に行ったり、ハワイ商店で販売している世田谷のビールのブルワリー(醸造所)からも声をかけてもらって、最近はビアフェスのお手伝いもしています。
フットワークを軽くする、というのは大事。チャンスは一期一会なので、「あの人に声かけてみよう」と思ってもらえる自分でいることは、とても大事だと思っています。

――生活費はどう工面していますか?
山形県の日本酒の蔵と契約をして、日本酒を店頭で売ったり、営業をかけたり、展示会でお仕事したりしています。それが今のメインの収入源です。
この出会いも、飲み友達がコンサルタント会社を立ち上げて、紹介していただいたのがきっかけ。社員のお誘いもいただいたのですが、今後は雇われて仕事をするよりは、自分で考え、自分の思いで動きたいと思い、契約社員の形でお仕事させていただいています。
お酒も人と話すことも大好きなのでとっても楽しい仕事。デパートの店頭販売中は、腰痛にならない立ち方のコツとか、ベテラン販売員のおばさんたちから学ぶことも多いんですよ(笑)
なんだか楽しそう、そのオーラが仲間を増やす

――ハワイ商店の活動の魅力と課題は?
正直なところ、この活動だけで十分な収入を得るのはなかなか難しいのかもしれないと感じています。
会社員で趣味でやっている頃から、いつかはハワイ商店をメインにしてやっていこうと思っていましたが、旅をして間借りをしながら不定期に食事を提供するのって、やはりそんなには儲からない。お酒を出す夜であればなんとか……という感じです。
いつかは自分のお店を構える必要があるのかな……と思うこともありますが、まだちょっと荷が重いなあと踏ん切りがついてはいません。
何より旅をすると自分が知らなかったその土地の食材に出会え、いろいろな人にも出会えます。それが私にとっての最大のメリットで生きる活力。だから、ハワイ商店はもう、赤字にならず、旅費代が出ればヨシとしています。
活動を続けていくためにも、航空券を安く買える時期を探ったり、極力ホテルに泊まらず宿泊費を抑える方法などは、日々試行錯誤しています。

――自分の性格で、一番自慢できるところは?
興味があると躊躇せずに飛び込んでいく性格。
旅先や飲み屋さんでは、世間話しながら、さりげな~く自分が知りたいこと、やりたいことを差し込みます。ポイントは笑顔。人って笑顔を人を邪険に扱うことはあまりないですから。
そうして話しているうちに、気の合う人から「こういう人もいるよ」と紹介してもらえたりして、知り合いがどんどん増えていくんです。知らない土地では、人脈こそが生命線。そのおかげで情報も入ってくるし、人と人とがつながって、またその先につながっていくんです。
お店を間借りするのもワクワクします。お借りしたお店のキッチンで調理をすると、それぞれのキッチンの工夫が見えて、勉強になるんです。
心の支えは、遠慮しないで頼っていい女友達

――これから今の活動を続けていく上での備えは?
健康でいることが一番ですね。
最近、若いときほど元気に動けないし、飲む薬も増えたし。でも友達に話を聞くとみんなそうだから、気にしていても仕方ないし、付き合っていくしかないと思っています。
基本ワンオペで、体力的にハードな日も多いですが、それでもなんかパワーが湧き上がってくるのは、やりたいことをやっているから。むしろ休みすぎると体調が悪くなるので、50代以降は特に、やりたいことがあるって大事だと思います。
――自信をなくしたときや、不安なときの特効薬は?
女友達とおいしいごはんを食べておしゃべりすること。
高齢の父との二人暮らしは、それはそれは大変です。父のメンタルが落ちてしまうと、私までまいっちゃうし、鬱屈とした日々にストレスが溜まります。でもそんなときは、女友達に泣き言をたくさんいって、笑いに変える。一人で抱え込まないで、みんなに助けてもらっています。
人の時間を奪って、私のつまらない愚痴を聞いてもらって本当に申し訳ないけど、お互いさまなので遠慮はしません(笑)
――これからチャレンジしたいことは?
人生の終わりまでにはどこかで小さなスナックをやってみたいのですが、まずはハワイで「ハワイ商店」をやってみたいですね。
例えば海外出張や転勤族の方が海外にいるときに呼んでもらって、海外でお店を間借りしてごはんを食べてもらいたいですね。昭和歌謡を流しながら。
それに、7年前から定期的に通っている長崎県の壱岐の島は、仲のいい知り合いが増え、第二の故郷のような存在。今は父がいるので長期滞在はできませんが、いつかは二拠点暮らしや移住もしてみたいなと思うこともあります。
やっぱり人が来てくれる、人に呼ばれて人と人が会う、そこから私は元気をもらえるみたい。それに、食べることは人間の体をつくること。自分の体で新しい場所に行って、人と会っておいしく食べるということは一生やめられないと思います。

50代のリスタートに必要な3つの備え
どんな人にも変わるきっかけがあります。その中でも大切なのは、どんなにささやかなことでも、最初の一歩を踏み出すかどうかなのではないかと思います。
1.最初の一歩を踏み出す行動力
なんといっても行動力。行動力がない、一歩踏み出す勇気がない人の場合は、行動力がある人と一緒に行動してみるのがおすすめです。行動力がある人がどう動くかを見るとヒントがたくさんあるはず。少しずつマネしてみるのはいかがでしょうか?
2.笑顔
笑っていると人が集まってきます。だから私は、初めて会う人には必ず笑顔です。今まで出会ったことのない人から自分が知らない話を聞くのが楽しい、だから笑顔で話していると楽しい話がたくさん聞ける――笑顔が連鎖していい方向に導かれていくんです。
3.好奇心を持つこと
自然と笑顔になれる理由の一つでもあるのですが、何にでも好奇心を持って取り組んでいくことも大切。これさえあれば、経験や知識や人の輪がどんどん広がっていき、新しいことに踏み出すチャンスが増える気がします。
取材・文=樋口由夏 写真=masaco 企画・構成=長倉志乃(HALMEK up編集部)
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