通信制 山本ふみこさんのエッセー講座第4期第2回

エッセー作品「止まってみる」道下裕子さん

公開日:2022.06.02

随筆家の山本ふみこさんを講師に迎えて開催するハルメクの通信制エッセー講座。参加者の作品から山本さんが選んだエッセーをご紹介します。今月の作品のテーマは「修理」です。道下裕子さんの作品「止まってみる」と山本さんの講評です。

止まってみる

キキキー、ブチ!
坂道でかけた自転車の、右のブレーキがちぎれた。咄嗟にかけた左のブレーキと両足を地面につけなんとか転倒は逃れた。
「ふぅ、なかなかの反射神経、まだまだ捨てたもんじゃないな」
ちょっとの間自分に酔いしれていたのもつかの間、この体勢はまずい。
まるで初めてコマなし自転車に乗ろうとチャレンジしている子どもみたいだ。
慎重に片足を横へずらし、自転車をそろりそろりと押して平らな所まで移動した。
幸い誰にも気づかれず、ちっぽけなプライドは守られた。

何事もなかったかのようにまた自転車にまたがり、左のブレーキだけを使ってなんとか自転車屋さんに到着。
修理には1時間ほどかかるそうなので代車を貸してもらった。
代車は整備されていて乗り心地は快適だった。
時間になり受け取りに戻ると、左のブレーキもそろそろ交換した方がいいとのこと。
それはまた別の日にすることにして、その日は右だけピカピカの効き目抜群のブレーキを試しながら颯爽(さっそう)と帰った。

調子に乗っていた私はすっかり忘れていたけれど、ちぎれたブレーキはかなり擦り減っていてギリギリの状態だったんだろうなと思い返し、急にせつなくなった。
いつも私を支えて守ってくれていたのにちっとも気がつかなくてごめんなさい、これまでありがとう、と伝えたくなったりした。
ほとんど毎日乗っている相棒のような存在。それなのに行き先ばかりに目を向けて自転車の方は見ていなかった。
時折カタカタと違和感のある音まで出して知らせてくれていたのに私ときたら、そのまま走った。
まだまだ当たり前に動き続けるものだと思い込んで安心していた。

そういえば、近ごろの私の心も何やらカサカサ、ギスギスと音を立てている。
相変わらずの私はその音には蓋をしたまま進んでる。
ルンルンなんて音にはよく耳を傾けるのに勝手なものだ。そのうち、ブチッ、ドッカーンなんて音が聞こえてきそうで危なっかしい。
自転車の左のブレーキは早目に修理に出しに行こう。

 

山本ふみこさんからひとこと

この明るさは、大きな魅力です。それからリズムもよいですね。「とにかく、機嫌よく書きはじめましょう。はい、にっこり笑って」と私が口を酸っぱくして申すのは、「止まってみる」にあふれる明るさとリズムをねらってのことです。

いつも私を支えて守ってくれていたのにちっとも気がつかなくてごめんなさい、これまでありがとう、と伝えたくなったりした。

ここを読んだとき、私は思わず自転車になって、照れました。 

 

通信制 山本ふみこさんのエッセー講座とは

全国どこでも、自宅でエッセーの書き方を学べる通信制エッセー講座。参加者は毎月1回出されるテーマについて書き、講師で随筆家の山本ふみこさんから添削やアドバイスを受けられます。講座の受講期間は半年間。

現在、参加者を募集中です。申込締切は2022年7月4日(月)まで。詳しくは雑誌「ハルメク」7月号の誌上ハルメク旅と講座サイトをご覧ください。


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