山本ふみこさんエッセー講座 第9期#3「抽象ではなく、具体で書く」
2024.12.312024年12月31日
通信制 山本ふみこさんのエッセー講座第9期第3回
今月のおすすめエッセー「わらぐつと祖母」大井洋子さん
随筆家の山本ふみこさんを講師に迎えて開催するハルメクの通信制エッセー講座。参加者の作品から山本さんが選んだエッセーをご紹介します。第9期3回目のテーマは「想像(力)」。大井洋子さんの作品「わらぐつと祖母」と山本さんの講評です。
わらぐつと祖母
今から60年ほど前のこと。
冬になると、わたしはランドセルの上から、重くて長いマントを着て登校していた。
雪が降り積もると、踏み固められた道の雪がカチカチに固まってツルツルし、底がすり減ったゴム長靴で歩くのが怖かった。
転んだときの痛さと、マントによって手が自由に使えず、中々起き上がれない不恰好さといったら……。
「新しい長靴なら滑らんがに」
「今は、ゴムの長靴があっていいちゃ。ばあちゃんが尋常小学校に通っとったときは、父親にわらぐつの作り方を教えてもろて、自分で編んで履いて行ったもんだよ」
「へえー、小学生ながに偉いね。それって、あったかいがけ」
「はじめは軽いてあったかいがだけど、歩いとるうちに雪がくっついて重たあなって、帰るときは濡れとったよ。冷たや冷たや、ようああいうもんを履いとったもんだちゃ」
わたしの生家は富山県にある稲作農家で、納屋の壁には古い蓑がかけてあり、農閑期になると祖父が稲わらで農作業用の縄、俵、むしろ、他には生活用品の草履を編む姿を見ていたから、「わらは何でも作れる材料だ」と思い思いして、育った。
でも、わらを編んで作った靴で雪の道を歩いて行けば、水分を吸い込んでしまうことは子どもでも脳裏に浮かんでくる。
足が濡れることを分かっていながら、小学生だった祖母が一生懸命に手間をかけて、わらぐつを編んでいたというのが何とも切なくて、ゴム長靴を買ってもらうのを当然と思っていた自分が申し訳なかった。
当時は、わらくずを底に敷いて冷たさを防いだり、唐辛子をくつ先に入れて血行を良くする工夫をしていても、足に霜焼けやアカギレができて痛痒かったそうだ。
これは、明治40年生まれの祖母だけの特別な話ではない。
ゴム長靴が一般に普及しはじめたのは昭和初期のことで、それ以前、雪国では大人も子どもも、わらぐつを履いて、日々の生活を送っていたのだ。
1年の3ヶ月ほどを占める長い冬、厳しい環境に立ち向かう労苦を、知恵や努力で淡々と乗り越えてきた昔の人たちを想像すると、深い尊敬の念が湧いてくる。
こうした話を直接してくれる人が、わたしの周りにはもう誰もいなくなってしまった。
山本ふみこさんからひとこと
ああ、ああ。
ことばにならない声が漏れます。
よくぞ書いてくださいました、と思い、また、いまの子どもたちに読ませてあげたい、というねがいが湧きました。
皆さんもどうか、近しい子どもたちに、読んで聞かせてあげてくださいまし。
大井洋子さんの随筆を、9期もこれまで幾度かここにご紹介したいと思ったのでしたが、がまんして待ったのです。ほら、なるべく多くの皆さんの作品を発表したいですからね。
この作品は、文句なく傑作です。
このような作品が生まれたときのわたしの気持ちは、「おめでとうございます」です。
おめでとうございます、洋子さん。
通信制 山本ふみこさんのエッセー講座とは
全国どこでも、自宅でエッセーの書き方を学べる通信制エッセー講座。参加者は講座の受講期間の半年間、毎月1回出されるテーマについて書き、講師で随筆家の山本ふみこさんから添削やアドバイスを受けられます。
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