山本ふみこさんエッセー講座 第9期#3「抽象ではなく、具体で書く」
2024.12.312024年12月31日
通信制 山本ふみこさんのエッセー講座第9期第3回
今月のおすすめエッセー「秘密の時間」めぐみさん
随筆家の山本ふみこさんを講師に迎えて開催するハルメクの通信制エッセー講座。参加者の作品から山本さんが選んだエッセーをご紹介します。第9期3回目のテーマは「想像(力)」。めぐみさんの作品「秘密の時間」と山本さんの講評です。
秘密の時間
ガタン、ゴトン、
ガタン、ゴトン、
心地よく揺れる電車内で好きな読書を楽しんでいた。下りる駅が近づき、何気なく本から目を離し、窓外の風景に目を向けた。
「えっ、しっぽ!?」
確かに、草むらの中にしっぽが見える。明らかに猫より太くて大きなしっぽが、空に向かってピーンと立っている。
「何だろ? 何だろ? 動物?」
頭の中で何かがぐるぐると回ったが、何の動物か思いつかない。
と思った瞬間、クルリとぐるぐるが180度回って、ひょっこり顔を見せたのは……。
「あっ、たぬき!」
都会のど真ん中の住宅街である。こんなところにたぬきとは。
まんまるい何とも愛らしい、つぶらなその瞳は、私を見つめている。
私を……見つめている。
いきなり人間に見つかりびっくりして、かたまっているように見えた。
そして、電車の動きに合わせ動く私をしばらく目で追っている(ように見えた)。
電車が少し遠ざかると、またクルリと回って、しっぽを振りながら奥にある竹藪に消えて行った。
気がつくと車内はかなり混雑しにぎやかになっていたが、皆おしゃべりやスマホに夢中で、誰一人あのたぬきには気がついていないようだった。
何事もないように流れる車内アナウンス。
どうやら目と目が合い、お互いドキッとした瞬間は、
たぬきと私だけの秘密の時間だった。
何だかちょっと嬉しくなってウキウキした。
あのたぬきは幻だったのだろうか。
あそこに住んでいるのかな。
どうやってここまで来たのだろう。
人に見つからないの?
家族はいるの?
食べ物は困ってないの?
おせっかいな私の心が呟いていた。
その後、近所で「あの竹藪にたぬきが住んでいる」とうわさを聞いた。
しかし、あれから、一度も出会うことなく、約3年が過ぎようとしている。
あの時のたぬきはどうしているのだろう。
もっと居心地が良い新居が見つかったのかな。
家族も増えたかな。
胸を躍らせている。
山本ふみこさんからひとこと
おもしろい作品を読ませていただいたなと、ありがたく思いました。
めぐみさんがファンタジー仕立てにして書こうと思ったのかどうか、いつか、インタビューしてみたいものです。
この感覚を持っておられるのですから、それを大事に書きつづけてくださいますようにね。
どうやら目と目が合い、お互いドキッとした瞬間は、たぬきと私だけの秘密の時間だった。
このくだり、好きです。
声に出して、くり返し読みました。
作者はご自身を「おせっかい」と評していますが、なんと魅力的なおせっかいでしょう。真似たいものです。
通信制 山本ふみこさんのエッセー講座とは
全国どこでも、自宅でエッセーの書き方を学べる通信制エッセー講座。参加者は講座の受講期間の半年間、毎月1回出されるテーマについて書き、講師で随筆家の山本ふみこさんから添削やアドバイスを受けられます。
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