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- エッセー作品「へうげもの」中村優子さん
随筆家の山本ふみこさんを講師に迎えて開催するハルメクの通信制エッセー講座。参加者の作品から山本さんが選んだエッセーをご紹介します。今月の作品のテーマは「修理」です。中村優子さんの作品「へうげもの」と山本さんの講評です。
へうげもの
大井戸茶碗 銘 須弥。
別名は十文字。武将茶人として有名な古田織部の茶碗だ。
なんでも、元々の茶碗が大きすぎるので、小さくするのに十字に割ってから削り、金継ぎという技法で貼り合わせたと伝わっている。
しかし、だ。円形のものを切って削って貼ったなら接合部分は角張っているはずなのに、滑らかで不自然さがないことから、普通の大きさの茶碗を、わざわざ割ったのではないかという説がある。
織部の師匠、千利休からは「人とは違ったことをしろ」と言われていたらしく、周りには「へうげもの」(今で言ったら変わり者)と称された彼ゆえ、出来上ったものを意図的に割るという行為は納得がいく。
これは私見だが、質素、静寂、不完全であることが利休のいう、詫び寂びとするならば、完璧なものを破壊して修繕することが織部流の詫び寂びの表現だったのではないか。
手を加えたことにより、普通の井戸茶碗が「織部オリジナル」となったことで、相当愛着が生まれたのに違いない。
2年前、用を終えて外に出たら突然のボタン雪。ココは銀座か?と思うほど真白な世界がひろがっていた。足元はいつも通りパンプス。滑って転んでは危険と感じ、ほんの数メートル先の地下鉄入口に急ぐ。
が……階段で足を滑らせ、真っ逆さま。傍らにいた女性が目を見開いて立ちすくむ姿を見て、ひじと尻を強打したにもかかわらず、スクっと立ち上がり何食わぬ顔で歩きだした。
数歩目で痛みが倍増。口は激痛でへの字に曲がっていたが、心配なのは自分よりリュックの中。背中に向かって声なき声を送る。
「待ってろ、家に着いたらちゃんと診てやるから無事でいろよ。」
玄関を開けるなり、リュックを全開にして相棒を救出。彼が無事でいなくては仕事がままならない。
目を覚ましてくれ!と祈りながら、電源ボタンを押した。
彼の名前はノートパソコン。脳に問題はなかったが、外見はひん曲がっていた。
潮干狩りでたまに発見する口がちゃんと閉じていないアサリのように、ヒンジ(蝶番)がバカになっている。
脳にダメージがないからと、2、3日使い続けていたら彼が「ギギっ」と悲鳴をあげた。
業者に修理依頼を出すと、「今後のことを考えて補強のビス(ネジ)を打った方がいい。」という。
見た目が少し変わるらしいが、プロの意見を信じて修理続行のOKをだした。
数日後、退院した相棒に対面したとき「Wow!クール!!」という言葉が思わず口から出てしまった。細かいホコリが取り除かれ、キーボードの手あかもキレイに拭われていた。
もちろんヒンジは修理され、片隅の補強用のシルバービス2本は、まるで片耳ピアスのごとくキラリと光った。 イケメンパソコンに変身していた彼。
断っておくが、織部のようにわざと壊してはいない。しかし手が加わったことで、画一的な、なんの個性もない彼が、私オリジナルのカッコイイ相棒になったことは確かだ。
どうしても修理ときくとネガティブに捉えがちだし、なんなら新品を買おうかという判断に陥りがちだが、思い切って直してみると、予想以上の結果になることもある。
今後、私があらゆるものを壊し始めたら、クールを追求するへうげものか、単に気がふれたと思ってほしい。
山本ふみこさんからひとこと
古田織部「十文字」の井戸茶碗のお話、面白く読みました。みなさんも、そうだったことでしょう。
おたよりとして中村優子さんからお尋ねがありました。今回そうであったように、一つのことを800~1000字という文字数の中で説明し、またそれを展開させてゆくことについての質問です。
書き手は文字数の制限を持って(持たされて)書くことが少なくありません。なかなか難しい約束でもあるわけですが、私は文字数その他の制限を、ありがたく受けとめています。
限られたものの中に収めて書く。そうすることで文章はおのずと締まります。締める神経は、たいていいい具合に働きます。このことは、きっとみなさん、これから味わうことになるはずです。
一方、私はだらだら(無制限に)書くのも好きですが、この場合は寄り道が過ぎないこと、寄り道しても本筋に戻ることを常よりも意識します。
それはそうと、優子さん、銀座で落下したとき、御御足、肘、お尻は大丈夫だったかなあ……。
通信制 山本ふみこさんのエッセー講座とは
全国どこでも、自宅でエッセーの書き方を学べる通信制エッセー講座。参加者は毎月1回出されるテーマについて書き、講師で随筆家の山本ふみこさんから添削やアドバイスを受けられます。講座の受講期間は半年間。
現在、参加者を募集中です。申込締切は2022年7月4日(月)まで。詳しくは雑誌「ハルメク」7月号の誌上ハルメク旅と講座サイトをご覧ください。
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