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- エッセー作品「袖まんじゅう」臼井嘉子さん
随筆家の山本ふみこさんを講師に迎えて開催するハルメクのエッセー講座。参加者の作品から、山本さんが選んだエッセーをご紹介します。半年間の講座の最後となる第6回のテーマは「白いシャツ」。臼井嘉子さんの作品「袖まんじゅう」と山本さんの講評です。
袖まんじゅう
子供のころ、私は多摩平団地の小さな庭つきテラスハウスに住んでいた。
庭の右手中央には、土台をコンクリートブロックで固めた大きな物干し台が設えてあり、隣との境には低いフェンスがあった。
南向きの庭は陽当たりが良く、洗濯物がすぐに乾いた。
植物たちの成長は早く、父の故郷のソテツは、子供の身長ほど大きくなっていた。
春になると庭の向こう側に、住宅公団によって植えられたソメイヨシノが大きく枝を広げ、その花は見事だった。
「借景だわー。居ながらにして毎日お花見ができるなんて幸せね」
その季節になると、母はいつもそう云った。
1階の小さな居間は、春先でも陽の光が眩しくて、天気の良い日は窓ガラスがきらきらしていた。
居間の真ん中には四畳半を占領するように、大きなダイニングテーブルがあった。
そして家のなかで多くのことが、そのテーブルの上で行われた。
朝、父はサイフォンで珈琲を淹れる。そのアルコールランプに熱されたお湯の、コポコポいう音が心地良かった。
書き取りの宿題や、大好きだったシャーロックホームズを読む私の傍らで、母は家事をこなした。
縫い物や、夕飯の下ごしらえでサヤエンドウの筋も取った。
なかでもアイロンをかけている姿が一番に思い出される。
母は取り込んだワイシャツに、いつも丁寧にアイロンをかけた。
アイロン台の上に、白いワイシャツを載せ、霧吹きで布を少し湿らせて、そこにゆっくりとアイロンを置いてゆく。
当時のアイロンは結構重かったのだが、ひと置きするごとに、ジューッ、ジュジューっと、水分が熱によって蒸発する音がして、ワイシャツのシワが次々に真っすぐに伸びていくのが、見ていてとても気持ちが良かった。
衿や袖口には、他よりも少し硬くパリッとさせるために薄い糊を付けて、重ねてアイロンで押さえてゆく。
それから細長い「袖まんじゅう」というものを、袖の中に通して外側からアイロンをかけると、袖にシワが寄らず、ぴったりきれいに仕上がる。
丸い「まんじゅう」をチューリップ袖の私のブラウスの肩のところにいれると、ダーツの部分が綺麗に仕上がってふんわりとした。
寒い季節にするアイロン掛けは、乾燥した部屋が、少しの蒸気で潤い暖かかった。
反対に夏場はエアコンが無かったので、首にタオルをかけ大汗をかきながらの作業だった。
もしかしたら、母はアイロンかけが好きではなかったかもしれない。
山本ふみこさんからひとこと
「あるときを境に、書いてゆく道筋がちょっと見えた」
今年最初の講座の日、そう語ってくださいましたね。安定して書き続けてこられたのかと思っていましたが、そうでしたか。書き手には、そんな岐路あり、スランプあり、ですが、どんな変化も喜ばしいものだと私は考えています。
さてところで、「袖まんじゅう」は、情景が胸に迫りますね。お母さまの佇まいが、くっきりと伝わりました。
山本ふみこさんのエッセー講座(教室コース)とは
随筆家の山本ふみこさんにエッセーの書き方を教わる人気の講座です。
参加者は半年間、月に一度、東京の会場に集い、仲間と共に学びます。月1本のペースで書いたエッセーに、山本さんから添削やアドバイスを受けられます。
次回の参加者の募集は、2022年6月に雑誌「ハルメク」の誌上とハルメク旅と講座サイトで開始します。募集開始のご案内は、ハルメクWEBメールマガジンでもお送りします。ご登録は、こちらから
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