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- エッセー作品「陽だまり」野田佳子さん
「家族」をテーマにしたエッセーの書き方を、エッセイストの青木奈緖さんに教わるハルメクの通信制エッセー講座。参加者の作品から青木さんが選んだエッセーをご紹介します。野田佳子さんの作品「陽だまり」と青木さんの講評です。
陽だまり
「80過ぎてるんだよね!」旧知の80才を越えた老夫婦に、私はつい念を押した。
奥さんが骨折して入院、回復して退院したものの、従前からの関節の疾患と入院による筋肉の衰えから車椅子の生活になってしまった。
悪いことに入院中はコロナ禍により面会できない日が続き軽度の認知症を発症し、世話をする夫に対して「不審者!」と叫んだことがあったという。
夫の悲しみはいかばかりだったろう。少しでも自由な心身を取り戻して欲しいと、彼は献身的に可能な限りのことをした。
ベッド周辺、風呂、玄関などの手摺やスロープは全て彼の手によって設置された。
デイサービスへは付添い、車椅子を押して散歩に行き、彼女が望めばどこへでもドライブに連れて行っている。
もちろん食事や入浴、トイレの世話も、誰の手も借りずにやっている。
この夫婦の2人の子供達は各々に立派な社会人として活躍しているが、両親がこのような状態になって以来、生活の場をどうするかで意見が対立し、今はほとんど実家に寄りつかなくなってしまったようだ。
子供達とて、端(はな)から冷たい訳ではない。家の中は半分以上片付かない不用物でゴタゴタと埋め尽くされ、必要最小限のスペースに身を寄せあって暮らすしかない、老いた母親の身辺全てのめんどうを見る父親の姿が不憫で見ていられないのだ。
子供達は福祉行政を頼り金を使って、父親には楽をして欲しいと思っている。今時ごく普通の考え方である。
しかし80才過ぎて尚元気であり気概ある彼は、マイホームこそ妻の回復を助ける場との主張を曲げず、頑として受け入れない。
私が久し振りに夏みかんを手土産に訪ねた時のことである。
「野田さん! 今はもう車椅子無しじゃがね。ちょっとそこらまで散歩に行けるようになったんじゃ!」
「風呂だって立ってシャワーかけてやれるようになった。」
彼の全てをかけた介護生活は1年を越えた。
表情に滲(にじ)み出る喜びは、妻の小さな回復が彼の生き甲斐そのものであることを物語っている。
「お父さんがいるから安心。」「お父さんがおれば大丈夫。」80才過ぎた奥さんはいつも穏やかに感謝を口にする。
もう何回も何十回も聞いているであろうこの言葉に彼は穏やかな笑みを返し、遠くを見つめこう呟いた
「5年先10年先はどうなるか解らん。しかし今がいちばんええ(良い)。」
青木奈緖さんからひとこと
家族の中では、一人の人がその立場によって、あるいは、誰の視点で見るかによって呼称が変わります。
この作品では老夫婦の呼称が「夫 彼 父親」「奥さん 彼女 母親 妻」と、短い中で次々に変化しますが、読者を惑わせることなく上手に導いています。家族のエッセーを書く上で、参考になる作品と言えるでしょう。
介護は、そのとき考え得る最善の道を選び、結果と向き合うしかありませんね。「あのとき別の道を選んでいたら……」と考えても仕方がないように思います。
いずれ陽ざしは移ろいますが、今ある「陽だまり」を大切にしたいという思いがあふれています。
ハルメクの通信制エッセー講座とは?
全国どこでも、自宅でエッセーの書き方を学べる通信制エッセー講座。参加者は毎月1回家族の思い出をエッセーに書き、講師で随筆家の青木奈緖さんから添削やアドバイスを受けます。書いていて疑問に思ったことやお便りを作品と一緒に送り、選ばれると、青木さんが動画で回答してくれるという仕掛け。講座の受講期間は半年間。
現在第3期の講座開講中です。次回第4期の参加者の募集は、2022年1月に雑誌「ハルメク」の誌上とハルメク旅と講座サイトで開始します。募集開始のご案内は、ハルメクWEBメールマガジンでもお送りします。ご登録は、こちらから
■エッセー作品一覧■
- 青木奈緖さんが選んだ3つのエッセー第2期#3
- 青木奈緖さんが選んだ3つのエッセー第2期#4
- 青木奈緖さんが選んだ3つのエッセー第2期#5
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- エッセー作品「陽だまり」野田佳子さん
- エッセー作品「ペットになったせい子ちゃん」浜三那子さん
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