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- エッセー作品「父の借金」田久保ゆかりさん
「家族」をテーマにしたエッセーの書き方を、エッセイストの青木奈緖さんに教わるハルメクの通信制エッセー講座。参加者の作品から青木さんが選んだエッセーをご紹介します。田久保ゆかりさんの作品「父の借金」と青木さんの講評です。
父の借金
生家には「奥の間」と呼んでいる部屋があった。戦前は女中部屋で、裏山が迫って来ていて1日中暗かった。
私は、その部屋の隅に箱を置き大切な物を入れていた。小学校低学年の頃だ。大阪から帰省した叔母の土産の着せ替え人形や、しょっちゅう腐らせていたが、白くて可憐な柿の花、そしてお年玉や母に貰っていた毎月の小遣いなどであった。
私は誰もいない時、その箱を開けて遊ぶのが大好きだった。そこは秘密基地だった。
ある日、いつものように箱を開いていると後ろで父の声がした。
ドキッとして振り向くと、父は手に握っているお金を差し出した。
それは父が地元の新聞の文芸欄に投稿して入選した謝礼だという。子供の私には驚く金額だった。その時から、そんな事が何回かあった。
私はお父さん子だったので、他にも父に関する私だけの思い出はいくつかあり、高校野球の地方予選を観戦したこともそのうちの1つだ。
よほど暑かったのだろう。観覧席で手にした「かち割り氷」の事だけを覚えている。
もう60年以上前の事で、その前後の事やどのチームを応援していたかなどはさっぱり記憶にないが、あの日私が本当に行きたがったとは、どうしても思えないのである。
父と2人で映画にも行った。1度だけ。
当時、田舎町の映画館は大人向きのいわゆる『チャンバラ映画』と『ディズニー』を2本立てで上映していた。ディズニーを観るためには、先にチャンバラを観ないといけない。
誰かが斬られる度に私は「ねえ、この人いい人? 悪い人?」といちいち隣の父に尋ねたので、さぞかし父は面倒だったろう。
離れの2階にある父の部屋にもよく遊びに行き、英文タイプライターに興味を示した私に、父は嬉しそうに教えてくれた。
ある日の夕方、秘密基地にひとりでいると父が来て、お金を貸して欲しいと言う。
貰ったお金はそっくり箱に入れていたので、お年玉なども含めあるだけ渡したが、それなら私にくれなきゃよかったのにと思った。
同時に、今、父がお金を必要としていることは誰にも言えないことなのだろうと、子供心にも理解できた。
それからしばらくして貸した以上のお金が戻って来たが、小学6年生の時、両親の転勤に連れられて行ったので、秘密基地は失くなった。
青木奈緖さんからひとこと
娘の立場から、父との関係を描くのはなかなか難しいものです。どちらかというと寡黙でぶっきらぼうな父親は、記憶としては「単発」と申しますか、ストーリー性のある思い出に残りにくかったりします。
この作品では著者である少女が持っていた秘密の小箱を軸に、父と娘の交流が巧みに描かれています。娘は微笑ましい子どもらしさも、意外に大人の事情をちゃんと理解している早熟な一面もあわせ持っています。
父親の娘への愛情がさりげない描写に込められて、しっとりとした作品に仕上がっています。
ハルメクの通信制エッセー講座とは?
全国どこでも、自宅でエッセーの書き方を学べる通信制エッセー講座。参加者は毎月1回家族の思い出をエッセーに書き、講師で随筆家の青木奈緖さんから添削やアドバイスを受けます。書いていて疑問に思ったことやお便りを作品と一緒に送り、選ばれると、青木さんが動画で回答してくれるという仕掛け。講座の受講期間は半年間。
現在第3期の講座開講中です。次回第4期の参加者の募集は、2022年1月に雑誌「ハルメク」の誌上とハルメク旅と講座サイトで開始します。募集開始のご案内は、ハルメクWEBメールマガジンでもお送りします。ご登録は、こちらから
■エッセー作品一覧■
- 青木奈緖さんが選んだ3つのエッセー第2期#3
- 青木奈緖さんが選んだ3つのエッセー第2期#4
- 青木奈緖さんが選んだ3つのエッセー第2期#5
- エッセー作品「父の借金」田久保ゆかりさん
- エッセー作品「陽だまり」野田佳子さん
- エッセー作品「ペットになったせい子ちゃん」浜三那子さん
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