「こころのはなし」若林理砂さん・1

鍼灸師・若林理砂さんと考える「自分を知ること」

公開日:2023.09.14

更新日:2023.12.14

「ハルメク世代は、心が不安定になりがちです」と鍼灸師の若林理砂さんは話します。やる気が起きない、何をやっても楽しくない……といった心の状態のとき、それは体の不調からきているのだと言います。心と体は一体です。まずは体の調子を確認しましょう。

「からだ」と「こころ」は一体。分けて考えることはできない

「からだ」と「こころ」は一体。分けて考えることはできない

はじめまして、鍼灸師の若林理砂です。東洋医学に基づいて鍼やお灸などを使い、体調が悪くなった方に施術をしています。

著者プロフィール:若林理砂さん

著者プロフィール:若林理砂さん

わかばやし・りさ 1976(昭和51)年生まれ。臨床家、鍼灸師。高校卒業後に鍼灸免許を取得、早稲田大学で思想・宗教を学び、2004年にアシル治療室を開院。予約の取れない人気治療室となる。古武術を学び、現在の趣味はカポエイラ。主な著書『安心のペットボトル温灸』(夜間飛行)、『決定版からだの教養12ヶ月』(晶文社)、『気のはなし』(ミシマ社)など。

 

もしかしたら、「鍼灸師がこころのはなし?」と意外に思われるかもしれませんね。でも、東洋医学では、「こころ」と「からだ」を分けることはしないので、意外なことでもないのですよ。

「心身一如(しんしん・いちにょ)」という言葉がありますが、肉体と精神は一体で、分けて考えることはできないものです。

まずは舌の状態をチェックして体の調子を確認!

私たちは、舌の状態をよく見ます。舌診は脈を診るのと同様に、東洋医学の診療の基本です。舌は体や心の状態をよく表しますので、調子を把握するのには便利なところです。

ここからは、自分の舌を見ながら読み進めてください。それでは、舌を思いっきりべーっと出してみましょう。鏡の前でやってもいいですし、スマホで自撮りしてもOKです。私は毎朝、舌の表側と裏側をスマホで撮影しています。そして、形や色を丁寧に観察します。

健康な状態の舌は、形は肥大し過ぎず、細過ぎず、ちょうどよくまあるくなっています。色は赤過ぎずピンク色で、白く薄い苔(舌苔ぜったい)のある状態です。

もし、舌先が赤くなっていたり、舌全体が赤く縁どられていたり、舌の根っこが細くなっていたりしたら、ストレスがたまっている証拠です。

自分では気付いていないかもしれませんが、対人関係だけでなく、部屋の寒さ・暑さ、乾燥・湿気、空腹・食べ過ぎ、睡眠の質……など、さまざまなストレスのもとが自分の暮らしにないか、思い起こしてみましょう。

舌に亀裂が入っている人は、体が疲れているサインです。疲れていても無理すれば動けるので、実は疲れを認識しない人は多いのです。気付かず放置していると心も凹みやすくなってしまいます。

打たれ弱くなって、ちょっとした出来事にも心が動揺してしまうのです。考えてもしょうがないことをグルグルと考え出してしまったり、やたらと心配性になったり。しっかり休んで、規則正しい生活を送りましょう。

形が全体的に細くなっている人は、体力が落ちている証拠。体にむくみが出ていたりしませんか? 消化器官など内臓がむくんでいるかもしれません。

気分がのらないし、だるいし、もしかしたらうつなのかも……と思っている人の中には、こうして単にむくんでいるだけの人も少なくありません。むくみで感じる体の重さを、うつと勘違いしてしまうんですね。

胃が疲れて体に老廃物がたまっているのが原因だったりするので、食べ過ぎに注意して、胃を休める食事にしてください。

他にも、舌からわかることはたくさんありますが、とにかく調子がいいときの、いつもの舌と違うところがあれば、そこに気付けることが重要です。そのためにも、毎朝顔を洗うときに舌の観察を続けましょう。そうして変化に対する目を養えば、体のサインに敏感でいられます。

未病に気付けば、人生はよくなる

未病に気付けば、人生はよくなる

東洋医学では、病気になってしまった状態を「已病(いびょう)」といい、この段階になると医学で治療を行います。

しかし、まだ病気ではない「未病」の段階では、自分の力で、体の状態を上げていくことができます。自分の力で行うこと、これが「養生」です。

勘違いしがちですが、未病とは、微熱っぽい、少しのどが痛い……など軽い症状のある風邪の状態ではありません。症状が出る前の、なんとなく手足が冷える、少し気分が落ち込んでいる、というようなちょっとしたマイナスの変化を指します。

みなさんには、こういった「未病」に気付けるようになってほしいのです。少しの変化をおろそかにすると、後々の大病につながってしまうからです。

悪くなるサインだけでなく、よくなるサインに気付くことも大切です。悪くなるのもよくなるのも、体の変化は少しずつです。1日や2日でガラッと変わるものではありません。

未病に気付き養生を始めても、心が凹みがちな人ほど、調子がわずかに上向いたくらいでは、よくなっていることを実感できなかったりします。でもその少しの上向きの変化こそが毎日の励みになるので、ぜひ気付いて養生を続けていってほしいのです。

自身の体調の変化に気付くには、毎朝の舌のチェックのほかにも、一日を振り返って日記を書くのもおすすめです。今日できたことをメモしましょう。

そうすると鬱々として放置していたことが、今日はできるようになったと冷静にわかり、前進している感覚を味わえます。

メンタルが弱っていると、眠りが浅いと訴える方も多いです。朝、早過ぎる時間に目が覚めなくなった、トイレの回数が減った……などがあれば書いておきましょう。

他にも、痛みが少なくなった気がする、とか。食事についても、あれが食べたい、これがおいしかった、なども書いておきましょう。どれも前進している証拠です。

未病の対策は血行を良くすること

未病の対策は血行を良くすること

  • 睡眠はしっかりとれているか?
  • バランスのいい食事ができているか? 
  • 適度な運動をしているか?

こうした振り返りは、どれもすごく当たり前のことですが、これらが思うようにできないのが、私たち現代人です。この3つは病気を退ける養生の基本となることなので、常に気にしてください。

中でもハルメク世代は、栄養と睡眠は足りているけれど、運動が足りていない人が多いです。そんなとき、体の中は気が詰まった状態になっています。

東洋医学では「気滞(きたい)」や「気鬱(きうつ)」といいます。気とは体の中のエネルギーの動きで、気は血液の流れとともに体の中を動いていきます。ですから、詰まった気を動かすには、血液を動かさなければいけません。

簡単にできるのは運動です。体が動けば、血行がよくなり、滞っていた体の中のエネルギーが自然と動き出します。

運動に慣れていない方は、ラジオ体操と歩くことから始めましょう。治療室の患者さんにも多いのですが……1日2000歩程度しか歩いていないようでしたら、歩く時間をあと20分足してあげるだけでいいです。

近所のコンビニまで10分だったら、そこまで行って帰ってくる程度です。でも、これを続けることで必ず体も心も上向きになります。

なんとなく不調のある人は、今の自分の体調がよいのか悪いのかがわからなくなっていることもあります。そもそも、自分の体のことは本当によく把握できないものです。

でも、舌診でも日記でも、自分のやりやすい方法でよく観察できていれば、悪かったらもとに戻すための、よかったら維持するための目安にできます。

今日から、自分をよく観察してください。これからの人生を大病せずに、よりよく生きていくためのヒントになりますから。

次回は、ペットボトルをツボにあて、気の流れをうながす方法(ペットボトル温灸)をお伝えします。誰にでも簡単にできる温灸法です。

取材・文=井口桂介(編集部)

※この記事は雑誌「ハルメク」2022年3月号に掲載された内容を再編集しています

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