闘病は次のステージへ

いよいよ退院へ~維持期のリハビリは自宅でしたい!~

harumati
2019/02/22 20

40代でC型肝炎が発覚。22年間の闘病と新薬での完治後、明るい未来へ心を弾ませていた私に脳出血という次なる病がー。その時の体の状況や家族の支えなどを振り返ります。今回はいよいよ退院に向けて動き出します。

いよいよ退院へ~維持期のリハビリは自宅でしたい!~
【目次】
  1. 生命力溢れるものに魅かれて
  2. 2016年から2017年へ
  3. 早速再開された作業療法
  4. 回復期から維持期に入るタイミングで退院へ

生命力溢れるものに魅かれて

ボランティア活動用にと整備したパソコンルームの窓から、素晴らしくよく晴れた空を見ながら、11 本目となるこの原稿を書いています。

目の前には、青葉を枝いっぱいに茂らせた1本の胡桃の木が立っています。 25年ぐらい前 、C型肝炎にかかっていることも、ましてや脳出血を発症するなどとは想像だにしていなかった頃。息子と森の中に入り拾った野生の胡桃の実を、庭にポンと捨てておいたら、芽を出し、あれよあれよという勢いで大きくなって、あっという間に息子の背丈を超え、木登りに最適な大木になった胡桃の木。

夏には重たいほどに葉を茂らせ、晩秋にはきっぱりと葉を落とし、堂々とした枝振りをあらわにしたまま冬を越し、春には色鮮やかに芽吹く……を繰り返しながら、我が家の歴史を見つめてきた胡桃の木。

その木から溢れ出る生命力を感じつつ、私は、日に日に元気なっていくと感じています。

2016年から2017年へ

2016年、大晦日から2晩の外泊を許され、夫と息子の3人で2017年への年越しを、自宅ですることができました。

例年通りの ―娘たちが小学生だった頃からの― 大晦日の無礼講!! 紅白歌合戦を見ながら、普段は滅多に口にしないケンタッキーフライドチキン、ミスタードーナッツ……etc.ファーストフードを思いっきり食べ、〆はもちろん、年越しそば。

2017年元日、夫が生協に注文してくれていたお節とお屠蘇を3人でいただきながら、届いた年賀状を読む。結婚以来初めて、年賀状を書かずに迎えたお正月でした。
 

早速再開された作業療法

作業療法開始以来、そのほとんどが、右腕の可動域を広げるための輪入れ訓練、指の動きを引き出すためのつまみ、つかみ、握り等の訓練、プレ書字としての○<U□等のナゾリ訓練に費やされていました。

自宅での年越しを終えて病院へ戻った私に、作業療法士さんが「今の気持ちを上手じゃなくてもいいから、右手で、書いてみて」と、おっしゃいました。

 

~自宅に帰った時、はじめは、リハビリのためのエネルギーを蓄えたと思ったけれど、今回は、早くリハビリを終えて帰りたいと思った。~

 

ほとばしり出る気持ちを、麻痺と震えで、何とも心もとない右手で懸命に書きました。にもかかわらず、作業療法士さんからの提案は、「右手から左手への利き手チェンジ、そして右手は補助手に」というものでした。それは、書字の訓練に入れるかどうかを判断するためのテストだったのです。

右麻痺となった多くの方が、左手への利き手チェンジの訓練を受けておられました。右手が痙縮して曲がったままの方、廃用手になって右手が垂れたままの方……etc.リハビリテーションルームの現実でした。「右手を使えるようになる可能性はありますか? 少しでも可能性があるのなら、右手で頑張りたいです」。右手が動かなくなるのは嫌だったし、何より、不器用な私が、これから左手を使いこなせるようになるとはとても思えなかったのです。

それからは、左手で持っていたスプーンを右手に持ち替え、補助具がついたお箸も使って右手で食べる練習を始めました。歯ブラシやヘアブラシの使い方も練習しました。洗濯物を干して洗濯バサミで止める、調理実習、食器洗い等、生活する上で欠かせない動作の練習も始まりました。元々家事が大好きだった私にとって、これらの訓練はとても楽しく、不自由でも何とかできるという喜びに満ちたものでした。

野原で摘んできたアケボノソウ。次々に蕾が開くのに咲き切った花の花弁が落ちずに残り、見事な明け方の星空のようになる美しく、逞しい花

 

回復期から維持期に入るタイミングで退院へ

回復病棟では「朝起きたら着替えること」が推奨されていました。とはいえ、片麻痺の体でボタンを外してパジャマを脱ぎ、ズボンをはいて上着を着る。着替えるにはとんでもない労力を要します。入院患者のほとんどが、パジャマ姿のままリハビリを受けていました。

私はというと、普段から何でもないような日常生活こそが心地よいと感じていたので、この推奨に従って、車椅子を使っていた時から、30分以上かかっても日常着に着替え、カーテンを開け、朝を迎えるようにしていました。

1月も中旬を迎える頃、「自分のことは、何とか一人でできそうだ」と感じるようになっていた私は、「入院から3か月経つ、2017年2月3日に退院したい」と、理学療法士さんと作業療法士さんに申し出ました。

理学療法士さん曰く「これからの変化は年単位。もう病院でできることはなくなりました」
作業療法士さん曰く「まだまだ伸び代は大きいと思う。訓練よりもむしろ日常生活の中でできるようになることが多いと思う。退院して日常生活をしながら週2回通院リハビリをしましょう」

こうして、脳出血発症から3か月に及ぶ入院生活は、終わりを迎えることになったのです。

次回は、退院にまつわるエピソードと退院直後の様子を書きます。

 

■harumatiさんの闘病記一覧はこちら

第1回 私のC型肝炎治療記 その1

第2回 私のC型肝炎治療記 その2

第3回 私のC型肝炎治療記 その3

第4回 人生の設計図を書き直す日 その1

第5回 人生の設計図を書き直す日 その2

第6回 人生の設計図を書き直す日 その3

第7回 C型肝炎完治から21日後、脳出血に襲われ

第8回 「かむい、かむい」-。脳出血急性期の入院生活

第9回 歩くことが難しい! 回復期のリハビリテーション

第10回 脳出血 目覚ましい回復 そして一時帰宅へ

第11回 いよいよ退院へ~維持期のリハビリは自宅でしたい!~

第12回 発症から3か月、維持期に入る頃退院へ。しかし……

第13回 退院後の紆余曲折を経て、生み出した自分流

第14回 1本の電話から始まった新しい歩み

harumati

京都府 /68歳
京都府 /68歳

定年退職・年金生活者。45歳~66歳までC型肝炎と共生。2016年奇蹟とも思える完治から1か月もせず、今度は脳出血に襲われました。1年半の闘病、リハビリ生活後、2018年、旅行・ボランティア・夏休みの娘母子とのプチ同居を3本柱にした、悠々自適のリタイア生活を取り戻すべく仕切り直して再出発しました。

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