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- 記憶の中で父が奏でるヴァイオリン
幼い頃から日常的に父のヴァイオリンの音を耳にしていました。父が84歳の時母の介護が始まり、唯一の趣味を楽しむことができなくなって、現在は全く弾くことがなくなりました。ヴァイオリンケースは閉じられたままになっています。
好きこそものの上手なり
なぜ父が楽器を弾けるのか、疑問に思ったことがありませんでした。
よく考えると習い事は結構お金がかかるもの。昭和一桁世代は兄弟が多く、生活するのが精一杯で、習い事をする余裕はなかったはずです。
実はギターを習いたかった父ですが、交響楽団でヴァイオリンを弾いていた祖父にヴァイオリンをすすめられたそうです。祖父から教わったのは基本的な音階、弦の調律・張り方とコマの立て方だけでした。
「大好きなクラシックの曲を何とか弾いてみたい」
その情熱は独学で曲の音と楽譜の音符を合わせていく内に、読めるようになったと話していました。私には今一つ理解できませんが、「好き」という強い気持ちが物すごいパワーになることを思い知らされました。
「ヴァイオリンなら教えちゃる」
私が小学校低学年の頃にピアノを習いたくて、両親にお願いしたことがあります。
『ピアニストになるくらいの覚悟があるなら考える』と言った母の厳しい眼差しがまだ鮮明に残っています。
その時の両親は、持家と子供の学歴という夢の実現に向けての貯金をしていたので、そのお金を使うだけの価値があるかどうかを見定める必要があったのだと思います。もうどんな回答をしたかは記憶にありませんが、母の気持ちを動かすことはできませんでした。
父は『ヴァイオリンならお父さんが教えちゃる』と気持ちの切り替えを提案してくれたのに、私は新たなチャレンジを受け入れることができませんでした。
後悔
父一人の生活になったある日、『香寿代に申し訳なかったと思うのがピアノじゃ。習わせられんで、ごめんな。それだけが心残りでな』
父が私の気持ちを汲み取って、ずっと心に秘めていたことに心が震えました。
全ての願いを叶えることは一般庶民には難しいです。母の決心が揺るがなかったからこそ二人の夢は叶い、あの時の母の決断は正しかったのです。
縁があって、父がヴァイオリンを教えた小3の女の子がある大会で入賞したことをうれしそうに話していたのを思い出しました。教え子の間接的な功績は、父にとってどんなにか励みになったことでしょう。
子ども3人は、母のお腹にいる頃から父のヴァイオリンの音を耳にしていながら、誰も影響を受けることはなかったのです。
父の幸せ
喫煙、飲酒、賭け事、車など、お金のかかる趣味は何一つありません。
60年以上前に自分で購入した中古のヴァイオリンをメンテナンスしながら、ドヴォルザークのユーモレスクやブラームスのハンガリー舞曲第5番などお気に入りのクラシック曲を弾いている時が何よりも楽しい時間でした。
目を閉じて耳を澄ませば、いつでも父の音色は響いてきます。
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