がん哲学外来・樋野興夫「がんとともに生きる」#2

樋野興夫さん|がん患者と家族の本当の支え合いとは

樋野興夫さん|がん患者と家族の本当の支え合いとは

公開日:2023年08月29日

樋野興夫さん|がん患者と家族の本当の支え合いとは

「がん哲学外来」で患者や家族に向き合い続けてきた樋野興夫さんは、がんになったとき、病気そのものより人を悩ませるのは「人間関係」だといいます。病気と向き合うとき、サポートする立場になったとき、お互いを本当の意味で支え合うための心構えとは?

樋野興夫さんのプロフィール

樋野興夫さんのプロフィール

ひの・おきお 1954(昭和29)年、島根県生まれ。順天堂大学名誉教授。新渡戸記念中野総合病院 新渡戸稲造記念センター長、恵泉女学園理事長。米国アインシュタイン医科大学、米国フォックスチェイスがんセンター、がん研実験病理部部長を経て現職。2008年「がん哲学外来」を設立。著書に『いい覚悟で生きる』(小学館刊)、『がん哲学外来へようこそ』(新潮社刊)他。

がん患者のあなたも、支える私も困っている者同士

がん患者のあなたも、支える私も困っている者同士

前回は、自分が病になったときの心の持ち方についてお話ししました。大切なのは、ありのままを受け入れること。そして少しずつ悩む時間を日常生活の優先順位から下げていき、共存していく姿勢を身に付けること。

とはいえ、自分一人で向き合い方を身に付けるのは難しいものです。そんなとき、対話を通して手助けする存在としての「がん哲学外来」の活動をご紹介しました。

「がん哲学外来」にはさまざまな悩みを持つ人が訪ねてきますが、圧倒的に多いのが「人間関係」の悩みです。特に 家族との関係で悩む人は一向に減りません。友人や職場の人とは違い、家族とは接点を持たざるを得ないので、当然といえば当然ですね。

がんになった自分を受け入れるのが難しいのと同じで、がんになった家族を受け入れるのも簡単ではありません。頭では理解しようとしても、実際にどう接すればいいかわからず悩んでしまうのです。

人間関係の問題が起きるのは「がんだから」?

人間関係の問題が起きるのは「がんだから」?

がんなどの病気になると見て見ぬふりをしてきた問題が表面化します。

中でもよく聞くのは、妻ががんになったときに夫の冷たさに悩んでしまう、夫ががんになったときに妻の余計なお節介にいらだつという夫婦関係の相談です。家庭生活を担っていた妻ががんになると、夫がこれまでの生活からの変化を受け入れられないことが発端で、妻に不満を露わにするケースが大半です。

体調を崩し家事を満足にできなくなったり、「つらい」「悲しい」と嘆いたりする妻にイライラをため込んで、冷たい態度をとったり距離をおこうとしてしまうのです。結果、妻の悩みや孤独感はますます増幅します。さらに口下手な夫の場合、「本当に大丈夫か?」「がんばれよ」など悪気なくかけたひと言で、深く妻を傷つけたり、いらだたせたりすることもあるようです。

一方で、妻が夫に焼く余計なお節介もなかなかのものです。よくあるのが、テレビや雑誌で知ったがんに効く食事や健康法を、夫に無理やり実践させるケース。もう一つが、妻一人で動揺し「子どもや親戚には言わないでおいた方がいい」「入院費用は間に合うかしら」などとあれこれ口出しをするケースです。

いずれも、夫の気持ちを無視して自分の問題に置き換えてしまっていますよね。これでは夫はないがしろにされていると感じ、妻にうんざりしてしまいます。

みなさんも、うちはどうだろうと一度考えてみてください。がんに限らず、夫婦に限らず、起こりうる問題だと思いませんか?家族や友人と、似たようなことが日常生活の中で起きたことがないでしょうか?

いいお節介と悪いお節介、そして偉大なお節介

いいお節介と悪いお節介、そして偉大なお節介

実は、人間関係の悩みは、これまで見て見ぬふりをしてきた家庭問題が、がんや病気をきっかけに表面化したり、再燃しているだけに過ぎないのです。がんなどの病気になると、治療や体調の変化により日常生活に変化が起きますし、患者もその周囲の人もそのことに向き合わざるを得ません。

すると、対人関係の中で相手が自分のことを負担に思っていることを敏感に察知するようになります。それまで「ま、いいか」とやり過ごしていたあらゆることが、問題となって見えてくるのです。

特に女性は、お節介が過ぎることで問題が起きがちですが、私はお節介には2種類あると思っています。いいお節介と悪いお節介です。

悪いお節介とは、いわゆる「余計なお世話」のこと。一方のいいお節介は、そのままだとつまらないので、「偉大なるお節介」と呼んでいます。

この二つの一番の違いは、余計なお世話は自分の気持ちを相手に押し付けていて(しかもそのことに本人は気付いていません)、偉大なるお節介は相手の気持ちに寄り添い、相手が必要としていることをサポートしている点です。やっている行動が同じでも、見えている問題が違うのです。お節介される立場からするとこれは大きな違いです。

困っている人に何かしてあげたい、何かしなければ。そう思うことは人として自然なことです。大切なのは、あなた自身もがんを患った家族を受け入れるために困っているのだと自覚することです。

困っている人が、自分よりも困っている誰かを助けようとするのが「偉大なるお節介」です。自分の立場を理解して相手に寄り添うことで、同じ景色を見て対話をし、本当に必要なサポートが何かを見つけることができるようになるはずです。

この「偉大なるお節介」は「がん哲学外来」のモットーでもあります。

現在は、全国各地で教会やカフェなどでボランティアスタッフが運営する「がん哲学外来カフェ」という対話の場として活動を広げています。いわゆる患者会との違いは、参加者は患者が半数ほどで、他に医療関係者や家族、一般の人もいるという点です。

このカフェではテーブルにお茶とお菓子を用意して、それぞれの立場で語らいます。ここでは結論を出すなどゴールに向かうわけではなく、ただ立場の違う人々が同じテーブルについて、30分、気まずさを感じない関係をつくることを目標にしています。

対話から、いろいろなものの見方や感じ方を知ることももちろん大切ですが、先ほどもお話しした「ただ相手に寄り添う」ことを知ることに意義があると私は感じています。

マイナス×マイナスはプラス。出会い笑えば、前向きに

マイナス×マイナスはプラス。出会い笑えば、前向きに

がん哲学外来カフェのスタッフには、自らもがんを患っている者も、がんで家族を失ったりしている者も多くいます。何かしら困難を抱えていながら、同じように困っている人を助けようとしています。

参加者の中には、再発や余命宣告を受け体調があまりよくない、にもかかわらず笑顔で話をされる方や、歩くこともままならない、にもかかわらず遠方から来られる方もいます。そうした方たちを前にすると、私はいつも身が引き締まる思いがします。

中でも困難な中にある人の笑顔ほど、人に力を与えるものはないでしょう。以前、参加者で治療の難しい膵臓がんの男性が、こんな話をしたことがあります。「どこで聞きつけたのか、気の早い人が香典を送ってくるんですよ。どんなお返しをしたらいいのか、困っています」。思わず笑ってしまいました。

こんなふうに対話をする中で、苦境や困難の中でも心を軽くすることができるのだと気付かされる瞬間がこれまで何度もありました。しんどいときこそ、少し無理をしてでも笑ってみる。困難の中にある人の笑顔は周囲を慰めます。

だから、私はよく人間関係に悩んでいる人にこんな言葉をかけます。「マイナス×マイナスはプラス。自分より困っている人を探しに街に出てみましょう。マイナス同士が出会うと、人生は思わぬ大変換でプラスになるよ」と。それは、思わぬところにこんな出会いがあるからなのです。

人間関係で悩むと、人に会ったり話をすることが面倒に感じたり、怖くなる人もいるかもしれません。でも、私は最後には人間は人間によって癒やされ、慰められるのではないかと思います。つらいときに内にこもっていてもラクにはなれません。ちょっと無理をしてでも、内に向いた心を外に向ける必要があります。

自分以外の人に関心を向けることで、あなたにしかできないこと、あなたがやるべき役割、あなたの心を満たす何かが見つかるはずです。もし、いきなり街に足を踏み出すのが怖いという方は、どうぞ一度「がん哲学外来カフェ」に遊びにきてみてください。

次回、最終回は、自分の役割を全うし、自分の人生を後悔しないための心の持ち方について、お話ししたいと思います。

取材・文/長倉志乃(ハルメク編集部) 
この記事は雑誌「ハルメク」2022年10月号「こころのはなし」を再編集しています。

■樋野興夫さんの「がんとともに生きる」をもっと読む■
#1|自分が、家族が「がん」と診断されたら
#3|がんになっても後悔を残さないために

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HALMEK up編集部
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