がん哲学外来・樋野興夫「がんとともに生きる」#3
樋野興夫さん|がんになっても後悔を残さないために
樋野興夫さん|がんになっても後悔を残さないために
公開日:2023年08月29日
樋野興夫さんのプロフィール

ひの・おきお 1954(昭和29)年、島根県生まれ。順天堂大学名誉教授。新渡戸記念中野総合病院 新渡戸稲造記念センター長、恵泉女学園理事長。米国アインシュタイン医科大学、米国フォックスチェイスがんセンター、がん研実験病理部部長を経て現職。2008年「がん哲学外来」を設立。著書に『いい覚悟で生きる』(小学館刊)、『がん哲学外来へようこそ』(新潮社刊)他。
現実を受け入れ、そこでできることを探してみる

今でこそ、日々、患者さんやその家族と対話をしている私ですが、実は社交的でも話し上手でもありません。むしろ超がつくほどの口下手です。そんな私が、なぜ現在の活動を続けられているのか、最初に少しお話をさせてください。
私は島根県出雲市大社町の鵜峠(うど)――日本海に面した人口40人ほどの無医村で生まれ育ちました。父は船乗りで不在が多く、体が弱かった私を、よく母は背負って坂道を越え、隣村の診療所まで駆け込んでいました。
それで3歳のとき、母の背にゆられながら、医者になると決心しました。村には小学校も中学校もなく、近所に一緒に遊ぶような同世代の友達がいなかったので、いつも一人、丘の上で読書をして過ごしました。
でも、そのおかげで若い多感な頃に、周囲の目を気にすることより、書を読み、考え、自分自身にとことん向き合うという経験ができたのだと思います。
その後、医師を目指し大学に進学しましたが、どうにも出雲弁が抜けず、問診が苦手という理由で臨床医をあきらめて病理医の道に進みました。こうしてシティボーイになれなかったからこそ(笑)、病理研究の中でアスベスト問題に出合い、今に至るのです。
こうして振り返ると、一見理不尽に感じる環境すら 「このときのためにあったのかもしれない」と思えてきます。私は幼い頃からずっと、ただ現実を受け入れ、そこでできることを探してきました。
好きな道を選ぶのではなく、目の前の事実を受け入れてとりあえず進んでみる――、その先にあったのが「がん哲学外来」という活動と、そこでの私の役割なのだと思っています。
人生に期待しない。人生に期待されていると考える

病気になるまでは、家族や友人、もしかすると自分自身にも、何かしら期待している人がほとんどです。知らず識らずのうちに「自分の人生に期待している」ともいえるでしょう。がんになった途端に「こんなはずじゃなかった」「生きがいが見出せない」と思い詰める人は、こうした傾向が強いように思います。
長生きすることが幸せだ、家族に迷惑をかけないためにもピンピンコロリが一番、など他者や元気だった頃の自分との比較を人生の基準にして幸せを求めても、多くが失望で終わります。
そうして悩む患者さんに、私はよく「自分は人生から期待されている」のだと発想を転換してみましょうと言っています。
例えば、がんの治療があって以前のように動けなくなった、ではなく、今の自分だからこそできることがあるのではないかと考えてみる。人生これからのはずが……ではなく、限りある時間で家族にできることは何だろうと考えてみる。
何かに期待するのではなく、自分は何を期待されているのかを考えることで新しい視点が開けます。あなたには、あなたにしかできないことが必ずあります。それは、きっと自分以外のものに目を向けることで見つかるはずです。
それに、日々の体調、がんの再発や余命宣告など、自分ではコントロールできないことに一喜一憂していると、身も心も疲れてしまいます。そういうときは、私が、私が、という考え方をいったん手放す。どうすればコントロールできるのかを考えて悩むのではなく、コントロールできないこともあるという事実をまずは受け入れてしまいましょう。
そして「やれるだけのことはやって、後のことは、心の中で“そっと”心配しておけばいい。後はなるようにしかならないのだから」という言葉を、どうぞ自分にかけてあげてください。
「人生の目的は品性を完成させること」の意味

私ががん哲学外来の診察で薬がわりに出している、悩みを解消するきっかけになるいい言葉――いわば「言葉の処方箋」は、20代の頃から習慣にしている読書の中で出合った言葉がもとになっています。
中でも、思想家の内村鑑三(うちむら・かんぞう)や教育者の新渡戸稲造(にとべ・いなぞう)の本は、何度も何度でも読み返し、患者さんだけでなく、私自身の生きる指針にもなっています。
いい人に出会い交流できればいいですが、人付き合いが苦手な人もいれば、どうにもできない事情や置かれた環境で人に出会うチャンスがない人もいます。でもいい本は誰でも平等に出合えるはずです。いい人に出会えないと嘆いている方は、ぜひ、いい本を探し、短い時間でも読書する習慣を身につけましょう。
私が「言葉の処方箋」としてよく患者さんにお伝えするものに、内村鑑三の「人生の目的は金銭を得るに非ず、品性を完成するにあり」という言葉があります。
後悔しない人生に必要なのは、財産や名誉ではなく、自分に与えられた役割を見出し、そのことに全力を尽くすことである。そうして苦難に耐え全力を尽くすことで品性が生まれ、本当の希望が見えてくる、という意味です。
つい人は「死ぬまでに夢を叶えたい」「自分は生きた証しを残せたか」など、目に見える結果や形にこだわりがちです。でも、人一人の人生は短い。生きているうちに叶える夢には限りがあります。
聖書の中に「若者は幻(ビジョン)を見る。老人は夢(ドリーム)を見る」という言葉があります。ビジョンとは、その人一人が自分の人生で達成すべき目標や目的のこと。ドリームは、もっと長いスパンで社会にいい影響を与える、よりよい社会にするための使命という意味だと捉えています。
この「ドリーム」をいかに後世に遺せるか、それだけでも十分、今を生きる意味はあるのではないでしょうか。
人生に花を咲かせなくても、種をまく人になろう

私がこれまで多くのがん患者と接し、彼らの生涯を思い返すとき、一番関心が向かうのは、その人が最後の5年間をどう生きたかです。
「がんになっても生きる希望を捨てない」「病気でも自分より他者を思いやり、助け合う」「苦難の中でも笑顔を失わない」――、患者さんの中には、こうした姿を遺してこの世を去った方がたくさんいます。
困難の中でどういう生き方をしたか、どんな態度を示したかを、家族や周囲の人はよく見て覚えています。その記憶が「どんな状況でも前向きだった。私も見習おう」「大変な状況でもあきらめなかった。自分ももう少しがんばろう」、そう誰かを勇気づけます。その姿が、あなただけが遺せる後世への贈り物になるはずです。
どうぞ、がんや病気である今を、抱えている不安や不満をまずは受け入れてみてください。その先に、必ずあなただけの役割が見つかります。
そうしたら、その使命にただ全力を尽くす。そうすれば自然と後悔や不安、悩みが解消されます。そして人の役に立つことを実感して、心が喜びで満ちていくはずです。
生きているうちに人生に花を咲かせなくてもいいんです。種をまく人になりましょう。それだけでも、十分意味はあるんです。
そして、どうぞ明日この世を去るとしても、今日の花に水をあげてください。
取材・文/長倉志乃(ハルメク編集部)
この記事は雑誌「ハルメク」2022年11月号「こころのはなし」を再編集しています。
■樋野興夫さんの「がんとともに生きる」をもっと読む■
・#2|がん患者と家族の本当の支え合いとは
・#3|がんになっても後悔を残さないために
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