人には最後に死ぬという大仕事が残っている

がん患者と向き合い「限りある時間の生き方」を伝える

がん患者と向き合い「限りある時間の生き方」を伝える

更新日:2023年02月10日

公開日:2022年10月27日

がん患者と向き合い「限りある時間の生き方」を伝える
製作・配給=(C)2018がん哲学外来映画製作委員会

「がん哲学外来」で、生と死を見つめる医師・樋野興夫さんに人間の生き方、死に方について伺うインタビュー。「なぜ私が?」「孤独だ」「死にたくない」……という、がん患者の心と向き合いながら、患者や家族と歩む日々について伺いました。

樋野興夫(ひの・おきお)さんプロフィール

樋野興夫(ひの・おきお)さんプロフィール

1954(昭和29)年、島根県生まれ。順天堂大学名誉名誉教授。新渡戸記念中野総合病院、新渡戸稲造記念センター長、恵泉女学園理事長。米国アインシュタイン医科大学、米国フォックスチェイスがんセンター、がん研実験病理部長を経て現職。2008年「がん哲学外来」を設立。『いい覚悟で生きる』(小学館刊)、『がん哲学外来へようこそ』(新潮社刊)他多数。

「がん哲学外来」は約1時間、1回限りの真剣勝負

「がん哲学外来」は約1時間、1回限りの真剣勝負

※インタビューは2009年6月に行いました。

「がん哲学外来」と聞いて、みなさんは何をするところだと思われるでしょうか。

「がん哲学外来」では、治療や診断はしません。僕は白衣を着ないし、カルテも書かない。もちろん必要なら治療に関するアドバイスもしますが、基本的には医者と患者が同じ目線に立ち、患者さんの不安や悩みを聞き、人生について語り合います。

だから「がん哲学外来」は、治療法を提案するセカンドオピニオンでもなければ、心のケアを行うカウンセリングでもない。一人の患者さんと約1時間、1回限りの真剣勝負です。

僕は、普段は顕微鏡をのぞいてがんを研究している病理学者です。もともと島根県の鵜峠(うど)村という日本海に面した小さな無医村に育ち、幼い頃から医者になろうと思っていました。でも、若い頃は出雲(いずも)弁を気にして他人とコミュニケーションをとるのが苦手で、患者を診る臨床ではなく、細胞を相手にする病理の道へ進んだのです。

そして25歳からの10年間、病理解剖でご遺体と向き合う日々を送るうちに「必ず人は死ぬもの」という思いを強く抱くようになりました。

「がん哲学外来」は約1時間、1回限りの真剣勝負

それが2005年、アスベスト(石綿)が原因のがん「中皮腫(ちゅうひしゅ)」の患者が多発して問題になったとき、たまたま中皮腫の検査方法を開発していたことから大学で「アスベスト・中皮腫外来」を立ち上げ、僕も外来に出ることになりました。

中皮腫は非常に治りにくいがんで、治療法も少なく、診断された半年後に亡くなってしまうことも珍しくありません。それでも、多くの患者さんは死ぬまでの毎日を必死で生き、生きる意味や心の安息を求めていました。

そんな患者さんたちと接し、自分にできることは何かと考えたとき、僕の中で浮かんだのが、患者さん自らが人生や死について考えるための支援の場、「がん哲学外来」だったのです。

「これからの時間をどう生きるか」という悩みに寄り添う

「これからの時間をどう生きるか」という悩みに寄り添う

再発や転移を繰り返したり、末期のがんで「もう治療法はない」と言われた患者さんは「がん難民」と呼ばれ、社会問題となった2007年、僕は病院から思者さん向けの「がん相談」のあり方についてアドバイスを求められました。 

そこでダメもとで「相談より、がん哲学外来をやりませんか」と提案したのです。それが2008年1月に許可が出て、順天堂医院で試験的に5日間、無料の「がん哲学外来」を開設することになりました。

ただ当初は僕自身「きっと閑古鳥が鳴くだろう」と思っていました。というのも、だいたい病院で行っている「がん相談」には人が集まらないと相場が決まっているからです。

ところがフタを開けてみたら、予約が殺到。4組の予定だったのを1日8組に増やし、患者や家族計55人と面談しました。それでも数十組のキャンセル待ちが出て、仕方がないので院外の喫茶店でも面談を行いました。

「がん哲学外来」に来られる方のほとんどは、すでに再発や転移をしている方で、末期の方も少なくありません。そこで僕は、最初に決まって「何でこんな訳のわからない名のついた外来に来たのですか?」と聞くんです。

すると患者さん本人も、この外来に来ている自分がおかしいのか、たいてい表情がゆるみます。それが心を開いて話を進める大切なきっかけです。始めはがんの症状や治療法に関する相談から入って、こちらがじっくり耳を傾けるうちに、ほとんどの患者さんは「これから残された時間をどう生きればいいか」など、生き方や人生についての悩みを語り始めます。

死への不安、生きる意味、家族や家庭の悩み、職場や人間関係のストレス……。

もちろん限られた時間で悩みそのものを解決するのは難しいです。でも、少しでも前向きに考えるためのヒントを与え、患者さんにすがすがしい気持ちで背筋を伸ばして帰ってもらいたい、と僕は考えています。

患者が一人になったときに支えになる「言葉」を

患者が一人になったときに支えになる「言葉」を

「がん哲学外来」では、ただ患者さんの話を聞くだけでなく、僕からも「言葉」を投げかけます。話を聞くだけでは、患者さんはその場では満足しても、家に帰って一人になったとき、また不安に陥ります。そのとき助けになるのが「言葉」なのです。

言葉があると、それが基軸になって論理が展開し、自分で考えることができます。だから僕は患者さんの話を聞きながら、その方にふさわしい言葉を探し、お渡しします。それは表面的な励ましや慰めの言葉ではありません。

時には死について語りますから、決して軽い言葉ではありませんし、健康な人には伝わらない言葉かもしれない。でも、その言葉が患者さんの中で響き、何か変化が生まれる種になれば、それでいいのです。

例えば、がんが全身に転移し、希望を失って自殺未遂をした男性患者に、僕はこう言いました。

「それでも、あなたには死ぬという大事な仕事が残っている」

その男性はしばらく黙った後、「わかりました。何とかがんばってみます」と毅然とした態度で帰っていきました。死を受け身ではなく、「人間の最後の大仕事」と捉えることが、患者さんの自尊心を呼び覚ますことになったのかもしれません。

また僕はよく患者さんに「今日が人生最後の日だと思ってください」と言います。

日本ではがん患者の3割はうつ的症状を呈します。でもうつ的症状は、がんに対する一つの反応。なったがんは制御できませんが、がんにどう反応するかは自分である程度コントロールできます。

だから僕は、がんの患者さんには「今日」「今」という瞬間に専念してほしいのです。家族との時間、友との交流など目の前のことを一所懸命やり、明日のことを思い煩わなければ、人生におけるがんの優先順位を下げることができます。

家族も患者自身も「存在」自体に価値がある

家族も患者自身も「存在」自体に価値がある

夫や妻ががんになって、どうしたらいいかわからない、という患者さんの家族の悩みもよく聞きます。そんなとき僕は「『to do』よりも『to be』」という言葉を伝えます。つまり「何をするか」より「存在」が大事だ、と。

例えば同じ部屋で互いに黙ってテレビを見ていたとします。そこで沈黙を恐れ、無理に会話をする必要はありません。そばに一緒にいる、私を思っている人がいる、という存在そのものが患者さんを勇気づけます。

そして患者さん本人にも、自分の存在自体が導く、価値があるのだと自覚してほしいのです。たとえ寝たきりの患者さんでも、笑顔一つで見舞いに来る人や医療従事者に勇気を与えることができます。それは、その人の存在価値です。

ある末期がんの患者さんは、不良の道に走った孫を枕元に呼び、淡々と自分の思いを伝えました。それは、まさに「最後の教育」です。

「がん哲学外来」をやってみて、僕が欠かせないと思うことが3つあります。一つは、話を聞く側の「暇(ひま)げな風貌」、つまり暇そうな雰囲気です。これは、いつも「いすから腰が5cmくらい浮いている」忙しい臨床医には無理なこと。それこそ僕のような暇げな人間がやればいいのです。

もう一つ大事なのは「偉大なるおせっかい」です。先ほどお話ししたように、僕は患者さんの身になって一歩も二歩も踏み込んで意見を言います。そういう「余計なおせっかい」ではなく、「偉大なるおせっかい」が今求められているのではないでしょうか。

最後に大事なのは、「がん哲学外来」は病院ではなく、患者さんがフラッと来られる喫茶店などでお茶を飲みながらやることです。僕は現在NPO法人を設立し、有志とともに外来を全国に広めようと活動しています。

「がん哲学外来」は今の医療の隙間を埋める試みです。都道府県に一つずつ、この訳のわからない外来ができればと願っています。

死に直面した人の「いのちと心」を支える言葉

死に直面した人の「いのちと心」を支える言葉

勇ましい高尚なる生涯

大して成功したわけでもなく、ごく普通の毎日を送ってきた自分の人生には、特に見出すべき価値もない……、そんなネガティブな見方にとらわれている方にこの言葉を伝えます。

僕が若い頃に影響を受けた内村鑑三(うちむら・かんぞう)の言葉で、「金、地位、名誉がいかほどのものだろうか。善のために戦う真面目な生涯そのものがもっとも尊く、後世への偉大な遺物である」という意味です。この言葉で患者さんの背筋がすっと伸びます。

人生いばらの道。にもかかわらず宴会

「どんな境遇であっても人生は楽しまなければならない」という意味です。同じ趣旨の言葉が『旧約聖書』にあります。「病気であっても人生を楽しむことができるんだ」と決意し、意識的にそのように振る舞うようにすれば、すぐにはできなくても、続けることで必ずできるようになります。

人生を楽しむことを忘れない態度は、本人だけでなく同じように不安な日々を過ごす家族の心も和らげます。

取材・構成・文=ハルメク編集部
※この記事は雑誌「いきいき(現ハルメク)」2009年8月号を再編集し、掲載しています。


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