今月のおすすめエッセー「庭づくり」富山芳子さん
2024.12.312022年08月02日
通信制 山本ふみこさんのエッセー講座第4期第4回
エッセー作品「こいのゆくえ」野口ニコルさん
随筆家の山本ふみこさんを講師に迎えて開催するハルメクの通信制エッセー講座。参加者の作品から山本さんが選んだエッセーをご紹介します。 今月の作品のテーマは「憂鬱」です。野口ニコルさんの作品「こいのゆくえ」と山本さんの講評です。
こいのゆくえ
これじゃ、「こい」どころじゃないわ。川を見つめながら私は、ため息をつく。
魚影がどこにも見当たらない。
昨年4月末、いつもの散歩道に、数台のトラックがあらわれ川沿いに植えられた桜の木は幾本か、切られ根っこごと掘られた。
えぇっ!
あれよあれよというまに……
大量の石と土砂が運ばれ盛られていった。
重機が川へ降りられるよう散歩道より立派な道が作られた。
川はせき止められ、大きなブルドーザーや車両がひっきりなしに往来し始めた。
作業する人に、「何の工事ですか?」と、それとなく聞いてみたが、「川をきれいにするんです」と得意げに返事が返ってきた。
いつの間にか、川上に立て看板がたてられた。
「河川改修工事〇〇〇事業計画」
騒音とともに、次第に濁っていく川の表情に胸が締め付けられ苦しくなった。
もとに戻るまでの気の長くなるような年月が必要になる。
ここに移り住んで30年近く、
毎日表情を変える、この川が大好きだった。
数えきれないほど心を癒してもらったのに。
いつもだったら、
満開のさくらが葉桜にかわる頃、近くの川では、魚たちの産卵がはじまる。
いわゆる「乗っ込み」とよばれ、産卵のため、深いところにいた魚たちが水深の浅い場所に移動する。
生息するおおかたの魚たちの恋の季節である。
この川でも、ふなや鯉たちの壮絶な恋のバトルが繰り広げられる。
1匹の鯉のメスに数匹のオスがわれもわれもと、すり寄り、追っかけながらプロポーズを試みる。
1匹のオスが、恋がたきの他のオスを、はねつけていく。
ばしゃばしゃと浅瀬で水しぶきがたち、そばから見ていると実に圧巻だった。
恋のバトルが終わると、なにごともなかったかのように悠然と元の深い場所へ泳いでいく。
今年は、その雄姿も、見られない。
水辺を彩ってきた、さまざまな野の花も姿を消した。
川のなかほどに赤く塗られた巨大な重機が勝ち誇ったように居座っている。
いつまでいるのよ
くやしい
川の鯉は、どこへ行ってしまったのか。探しているけれど、いまだに会えないでいる。
川下で2年ぶりに鯉のぼりが飾られている。
川のこいは空で泳いでいる?
山本ふみこさんからひとこと
この作品の始まりと、結び、とてもいいでしょう? 始まりに惹きつけられ、結びで泳がされる……、「まいりました」。
ここで、ちょっと打ち明け話を聞いていただいてもかまわないでしょうか。川魚を好きな私です(食べる話)。ことに「鯉」には目がありません。あらいも、鯉こくも大好きです。こんな私へのプレゼントのような作品でした。
通信制 山本ふみこさんのエッセー講座とは
全国どこでも、自宅でエッセーの書き方を学べる通信制エッセー講座。参加者は毎月1回出されるテーマについて書き、講師で随筆家の山本ふみこさんから添削やアドバイスを受けられます。講座の受講期間は半年間。
2022年8月からは第5期の講座を開講します(募集は終了しました)。次回第6期の参加者の募集は、2022年12月を予定しています。詳しくは雑誌「ハルメク」2023年1月号の誌上とハルメク365WEBサイトのページをご覧ください。
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