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- エッセー作品「虫封じの流儀」板谷越りんさん
随筆家の山本ふみこさんを講師に迎えて開催するハルメクの通信制エッセー講座。参加者の作品から山本さんが選んだエッセーをご紹介します。 今月の作品のテーマは「憂鬱」です。板谷越りんさんの作品「虫封じの流儀」と山本さんの講評です。
虫封じの流儀
塞(ふさ)ぎの虫は神出鬼没だ。ふいに転がり出てきては私のあゆみを邪魔する。
「君たち悪いけど、いくら寄ってきても無駄よ」
そう叱ったからだろうか、しばらく姿がなかった。
君らにかまっている時間、私にはない。
週2日連続の通院は、夫の穏やかな療養生活には欠かせない日課だ。
だから私には、君らと過ごす時間も希望もないのに。
それでも懲りない君らは、忘れた頃にすっとまるで猫が甘えるように私にすり寄ってくる。
こんな人生の安全運航には、塞ぎの虫を封じる流儀が必要になる。そう赤ちゃんの疳(かん)の虫を封じる井戸覗き(註1)やご祈祷みたいにね。
封じ手 其の壱「光の呼吸」の流儀。
瞼(まぶた)を閉じて、吸うよりも吐き出す呼吸を意識する。ゆっくりと、ゆっくりと。
たっぷりと深呼吸。リラックスしたら、目を開ける。光が目からも皮膚からも入ってきて血管に流れ込む。
頭の中まで光が届く。気分転換できた私が現れる。
塞ぎの虫は光が苦手だ。
封じ手 其の弐「正中位(せいちゅうい)の姿勢」の流儀。
うつむく姿勢にすり寄る習性が塞ぎの虫にはある。
だから私は姿勢を正し、足元から7歩先の極(ごく)未来に視線をあてて前を向く。
シャンと一本筋が通って自分がぐらつかなくなる。
封じ手 其の参「母指球(註2)移動」の流儀。
足指を意識して足底を床にしっかり貼りつけてから、母指球だけで歩くつもりで一歩を踏み出す。
母指球が押されるたびに不安定だった心も身体も安定を増す。
すると不思議と活動的な私に変化している。
封じ手 其の四「言霊(ことだま)」の流儀。
すべての言葉には言霊(ことだま)と呼ばれる魂が宿るらしい。
マイナスの言葉はマイナスのまま、プラスの言葉はプラスのままパワーを増して、やがて発した人に戻り「言葉」を実現する言霊(ことだま)となる。
塞ぎの虫に唆(そそのか)されて、うっかりマイナスの言葉を発しないように自分を戒める。
家族と医療陣のチームワークはいよいよ充実してきた。
現実世界で今、私たちは共に7歩先に視線を置き毎日を過ごしている。
註1:疳(かん)の虫封じの井戸覗き:愛知県知多半島に伝わる子育て神社には、赤ちゃんの疳の虫(夜泣きなど)を治める習わしとして有名な神武天皇ゆかりの井戸がある。ご祈祷後、井戸を覗くと治まると言われている。
註2:母指球(ぼしきゅう):足の裏の親指の付け根にあるふくらみ。2個の種子骨があり衝撃を吸収すると言われている。
山本ふみこさんからひとこと
好きなのは、なんと云ってもこれです。
「7歩先の未来」
これを「タイトル」にすればいい……、そう思う方もあるでしょう。ええ、確かに。それでもいいのです。ですが、「7歩先の未来」という言葉は、魅惑的ですからね、簡単にはタイトルにできないようにも思うのです。タイトルの難しさは、こういうところにあるのです。
でも、ご心配なく。タイトルつけには、編集者も意見を申します。皆さんお一人お一人の「担当編集者」たる私は、いくつかの「案」を提示させていただきます。(ご参考までに、ね)。
本作は、作家「板谷越りん」の掲げたタイトル「虫封じの流儀」を、とてもいいなあと思いました。
通信制 山本ふみこさんのエッセー講座とは
全国どこでも、自宅でエッセーの書き方を学べる通信制エッセー講座。参加者は毎月1回出されるテーマについて書き、講師で随筆家の山本ふみこさんから添削やアドバイスを受けられます。講座の受講期間は半年間。
2022年8月からは第5期の講座を開講します(募集は終了しました)。次回第6期の参加者の募集は、2022年12月を予定しています。詳しくは雑誌「ハルメク」2023年1月号の誌上とハルメク365WEBサイトのページをご覧ください。
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