「チビ」

2022年02月03日

通信制 青木奈緖さんのエッセー講座第3期第3回

エッセー作品「チビ」浜三那子さん

「家族」をテーマにしたエッセーの書き方を、エッセイストの青木奈緖さんに教わるハルメクの通信制エッセー講座。参加者の作品から青木さんが選んだエッセーをご紹介します。浜三那子さんの作品「チビ」と青木さんの講評です。

チビ

チビはのら猫の子供だった。

昭和55年頃の多摩ニュータウンはまだ開発半ばで我が団地は西の外れだった。
あるとき、草藪に隠れていたのら猫親子の住処を、近所の低学年の男の子達が見付けた。
子猫を1匹持ち出しておもちゃにし、夕方返しに行ったら親猫は危険を感じて引越した後。

でも子供達はそこに子猫を置いて帰るのを小学2年生だった息子が見ていた。
その夜は春雨が一晩中降った。息子は夜が明けるのを待って、ずぶ濡れでガタガタ震えている子猫を抱えてきた。

雄のキジトラで両手にすっぽり入るくらい小さかった。
体を拭いて暖めて、牛乳を人肌に温めて与えたが、まだ舐めることを知らない。
そこで私は実家で飼っていた雌猫の子育てを思い出し、脱脂綿を結わえて親猫の乳首の大きさにして作って、人肌に温めた牛乳に浸したら吸い付いてくれた。
ところが人間の赤ん坊と同じで3~4時間毎に授乳しないと鳴き叫ぶ。
それからしばらく私は子猫の授乳に振り回された。

「団地は飼育禁止だからすぐに捨てろ!」
と言う夫に、「1歳になるまで」という条件で育てることになった。
名前はそのまんまチビとなる。少し大きくなると哺乳瓶に牛乳を入れたのを4本の手足で抱えて器用に飲んだ。
そのうち息子について外で遊ぶようになり、スベリ台でいっしょに滑ったり、キャッチボールの球を咥えて逃げたり。4年生の娘が学校へ行くときはついて行って、追い返すのに苦労したり。

1年が過ぎた。
夫がある夜、子供達が眠りについたころ突然言いだし、「立川の友達にチビをあげる約束をしてあるから」と車に乗せて出て行った。
意外に早く帰って来て、「多摩市役所の近くで車を止めた時逃げ出した」と言う。
翌朝子供達は泣くばかり。やっと学校には行ったが、帰って来るとすぐ3人でバスを乗り継いで探しに行った。3日間通ったが見付からない。諦めるより仕方が無かった。

そして又1年がたった。
私は小さな書道教室を持っていた。ちょっと遠くの団地から来ている男の子が「最近変わった猫を見たヨ。団地の階段を1つ1つ登っては降りている猫だヨ」。次の週にも、又次の週にも別の団地で見かけたと、子供達の間で話題になっていた。
私は「ああそう」と聞き流していた。

それから1週間後の日曜日、洗濯物を干すためにベランダに出た。
我が家は2階で前に小さな公園がある。そこの大きな屑籠の周りの臭いを嗅いでいる1匹の猫に目が止まった。
猫は振り向いて私の方を見た。目が合った。
「まさか! まさか! チビ?」
持っていた洗濯物も投げ捨てて玄関を飛び出し、「チビが帰って来た!!」と叫んだ。
1階と2階の踊り場で涙、涙の対面となった。

1年が過ぎてチビはすっかりデカになって、私の腕の中でゴロゴロと咽を鳴らした。
そして、手で私の頬っぺをトントンと叩く。
この合図は私に、「チビはお母さんのかわいい子、かわいい子」と頬ずりの要求である。
またゴロゴロと咽を鳴らした。これのために1年かけて帰って来たのだろうか?
右の犬歯は折れ、耳は両方ともギザギザになっていた。
いい人にも巡り合ったであろうが、雨の日も雪の積もった日もあったはず。多摩ニュータウンの東から西の果てまで、団地の階段を上り降りして探していたのだ。
チビは家族皆にナメナメして挨拶をした。

次の日、夫は後ろめたさからか猫缶をいっぱい買ってきた。
そしてしばらく一緒に暮らした。
しかし1年間の環境の変化を鋭く感じ取ったチビは、ある日散歩に行ったきり二度と帰ってこなかった。

探すあてのない私は占いにすがった。
「1年間旅をしていた時、親切な家があって、今そこで幸せに暮らしている」との言葉を、私は信じることにした。

 

青木奈緖さんからひとこと

浜様は動物のことをお書きになるのがお上手です。
すでに何作目かなのですが、今回は特に素晴らしい出来で、惹き込まれて拝読しました。最後にふらっと出て行ったきり、戻らないというあたり、悲しいことですが、猫にはありがちなことですね。

最後の一文「私は信じることにした」は余韻のある、とてもいい終わり方です。

「家族のエッセー」では、最後の一文をテーマである人物への呼びかけ(例えば、「お母さん、ありがとう!」等)で終わらせるパターンが多く見られます。
もし、ここに「チビよ、戻っておいで!」とつけ加えたら、どうでしょう。
直接文字で書いてしまうのではなく、読者の心をそのような気持ちに誘うことが大切です。

 

ハルメクの通信制エッセー講座とは?

全国どこでも、自宅でエッセーの書き方を学べる通信制エッセー講座。参加者は毎月1回家族の思い出をエッセーに書き、講師で随筆家の青木奈緖さんから添削やアドバイスを受けます。書いていて疑問に思ったことやお便りを作品と一緒に送り、選ばれると、青木さんが動画で回答してくれるという仕掛け。講座の受講期間は半年間。

現在第4期の参加者を募集中です。申込締切は2022年2月7日(月)まで。詳しくは雑誌「ハルメク」2月号の誌上とハルメク旅と講座サイトをご覧ください。

■エッセー作品一覧■

 

ハルメク旅と講座
ハルメク旅と講座

ハルメクならではのオリジナルイベントを企画・運営している部署、文化事業課。スタッフが日々面白いイベント作りのために奔走しています。人気イベント「あなたと歌うコンサート」や「たてもの散歩」など、年に約200本のイベントを開催。皆さんと会ってお話できるのを楽しみにしています♪

みんなの コメント

【PR】始めるなら相談できる「対面証券」がおすすめ

お金の疑問・不安を解消!

資産運用、相続、ローンまで!お金の「よくわからない」をプロに気軽に相談できる♪

2024.12.17
【PR】三井住友銀行アプリにシンプルモードが登場

お金の管理が簡単に!

三井住友銀行アプリに「シンプルモード」が新登場!スマホ操作が苦手な人でも簡単に使える便利機能が満載です!

2024.11.29
【PR】個人情報の上手な管理・整理術とは

個人情報管理できてる?

銀行口座・保険・クレジットカードなど、「デジタルの情報」をきちんと管理できていますか?煩雑にしていると思わぬ落とし穴が…

2024.12.09
認知症セルフチェック

認知症セルフチェック

「もの忘れが増えた」「名前が思い出せない」という症状に心当たりがある方は要注意!それ、「認知機能のレベル低下」が原因かもしれません…

2024.11.22
【PR】50代からの願いを叶える新しい資金調達術

50代~お金の増やし方

将来を見据えて、50代から「まとまった資金の調達」が重要になります。どんな選択肢があるか、ご存知ですか?

2024.11.20
【PR】鼻への重量感・違和感のストレスから解放!

「ふわっ」と軽いメガネ♥

メガネがずり落ちる・鼻の頭が重いなど、メガネのプチストレスにサヨナラ!あっと驚く程つけ心地抜群のメガネをぜひお試しください

2024.12.17
子どもに残すべきはお金?不動産?どちらがお得?

子に遺すべき資産は?

「現金」か「不動産」か…どっちが得?メリット・デメリットは?相続や親族間のトラブルに悩まされないためにしておくべき準備とは

2024.12.12
投資初心者におすすめなのは対面証券?ネット証券?

初心者向け!お金の知識

仕事以外で「お金」をふやすために多くの人が資産運用をはじめています。初心者が知っておくべき、お金の「基本のき」を解説!

2025.01.08
人生100年時代!50代〜のライフプランと資産形成

老後の支出いくらかかる?

もし100歳まで生きるとすると、65歳からでも約1億円も必要ってホント!?老後の支出と収入、ちゃんと把握してる?

2025.01.08
【PR】たった60日で英語が話せる!3つのコツ

60日で英語が話せる!

英語をマスターするのに「完璧」はいらない!初心者でも60日で英語が話せるようになる、驚きの3つのコツとは?

2024.08.29
認知症のリスクを確認してみませんか?

今なら無料でお試し!

将来、自分の認知機能が低下するリスクがあるか、簡単に予測できるサービスが誕生。今なら無料で先行利用できます!

2024.08.08
50代から1日1分!脳トレクイズで楽しく脳を活性化

50代から1日1分脳トレ

認知機能を衰えさせないためには、早い時期から「脳を活性化」させることが大切。脳トレ効果がグッとアップするコツって?

2024.12.04
【限定コラボ】職人技が光る!ハルメク×マエノリのセーター誕生秘話