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- エッセー作品「チビ」浜三那子さん
「家族」をテーマにしたエッセーの書き方を、エッセイストの青木奈緖さんに教わるハルメクの通信制エッセー講座。参加者の作品から青木さんが選んだエッセーをご紹介します。浜三那子さんの作品「チビ」と青木さんの講評です。
チビ
チビはのら猫の子供だった。
昭和55年頃の多摩ニュータウンはまだ開発半ばで我が団地は西の外れだった。
あるとき、草藪に隠れていたのら猫親子の住処を、近所の低学年の男の子達が見付けた。
子猫を1匹持ち出しておもちゃにし、夕方返しに行ったら親猫は危険を感じて引越した後。
でも子供達はそこに子猫を置いて帰るのを小学2年生だった息子が見ていた。
その夜は春雨が一晩中降った。息子は夜が明けるのを待って、ずぶ濡れでガタガタ震えている子猫を抱えてきた。
雄のキジトラで両手にすっぽり入るくらい小さかった。
体を拭いて暖めて、牛乳を人肌に温めて与えたが、まだ舐めることを知らない。
そこで私は実家で飼っていた雌猫の子育てを思い出し、脱脂綿を結わえて親猫の乳首の大きさにして作って、人肌に温めた牛乳に浸したら吸い付いてくれた。
ところが人間の赤ん坊と同じで3~4時間毎に授乳しないと鳴き叫ぶ。
それからしばらく私は子猫の授乳に振り回された。
「団地は飼育禁止だからすぐに捨てろ!」
と言う夫に、「1歳になるまで」という条件で育てることになった。
名前はそのまんまチビとなる。少し大きくなると哺乳瓶に牛乳を入れたのを4本の手足で抱えて器用に飲んだ。
そのうち息子について外で遊ぶようになり、スベリ台でいっしょに滑ったり、キャッチボールの球を咥えて逃げたり。4年生の娘が学校へ行くときはついて行って、追い返すのに苦労したり。
1年が過ぎた。
夫がある夜、子供達が眠りについたころ突然言いだし、「立川の友達にチビをあげる約束をしてあるから」と車に乗せて出て行った。
意外に早く帰って来て、「多摩市役所の近くで車を止めた時逃げ出した」と言う。
翌朝子供達は泣くばかり。やっと学校には行ったが、帰って来るとすぐ3人でバスを乗り継いで探しに行った。3日間通ったが見付からない。諦めるより仕方が無かった。
そして又1年がたった。
私は小さな書道教室を持っていた。ちょっと遠くの団地から来ている男の子が「最近変わった猫を見たヨ。団地の階段を1つ1つ登っては降りている猫だヨ」。次の週にも、又次の週にも別の団地で見かけたと、子供達の間で話題になっていた。
私は「ああそう」と聞き流していた。
それから1週間後の日曜日、洗濯物を干すためにベランダに出た。
我が家は2階で前に小さな公園がある。そこの大きな屑籠の周りの臭いを嗅いでいる1匹の猫に目が止まった。
猫は振り向いて私の方を見た。目が合った。
「まさか! まさか! チビ?」
持っていた洗濯物も投げ捨てて玄関を飛び出し、「チビが帰って来た!!」と叫んだ。
1階と2階の踊り場で涙、涙の対面となった。
1年が過ぎてチビはすっかりデカになって、私の腕の中でゴロゴロと咽を鳴らした。
そして、手で私の頬っぺをトントンと叩く。
この合図は私に、「チビはお母さんのかわいい子、かわいい子」と頬ずりの要求である。
またゴロゴロと咽を鳴らした。これのために1年かけて帰って来たのだろうか?
右の犬歯は折れ、耳は両方ともギザギザになっていた。
いい人にも巡り合ったであろうが、雨の日も雪の積もった日もあったはず。多摩ニュータウンの東から西の果てまで、団地の階段を上り降りして探していたのだ。
チビは家族皆にナメナメして挨拶をした。
次の日、夫は後ろめたさからか猫缶をいっぱい買ってきた。
そしてしばらく一緒に暮らした。
しかし1年間の環境の変化を鋭く感じ取ったチビは、ある日散歩に行ったきり二度と帰ってこなかった。
探すあてのない私は占いにすがった。
「1年間旅をしていた時、親切な家があって、今そこで幸せに暮らしている」との言葉を、私は信じることにした。
青木奈緖さんからひとこと
浜様は動物のことをお書きになるのがお上手です。
すでに何作目かなのですが、今回は特に素晴らしい出来で、惹き込まれて拝読しました。最後にふらっと出て行ったきり、戻らないというあたり、悲しいことですが、猫にはありがちなことですね。
最後の一文「私は信じることにした」は余韻のある、とてもいい終わり方です。
「家族のエッセー」では、最後の一文をテーマである人物への呼びかけ(例えば、「お母さん、ありがとう!」等)で終わらせるパターンが多く見られます。
もし、ここに「チビよ、戻っておいで!」とつけ加えたら、どうでしょう。
直接文字で書いてしまうのではなく、読者の心をそのような気持ちに誘うことが大切です。
ハルメクの通信制エッセー講座とは?
全国どこでも、自宅でエッセーの書き方を学べる通信制エッセー講座。参加者は毎月1回家族の思い出をエッセーに書き、講師で随筆家の青木奈緖さんから添削やアドバイスを受けます。書いていて疑問に思ったことやお便りを作品と一緒に送り、選ばれると、青木さんが動画で回答してくれるという仕掛け。講座の受講期間は半年間。
現在第4期の参加者を募集中です。申込締切は2022年2月7日(月)まで。詳しくは雑誌「ハルメク」2月号の誌上とハルメク旅と講座サイトをご覧ください。
■エッセー作品一覧■
- 青木奈緖さんが選んだ4つのエッセー第2期#6
- 青木奈緖さんが選んだ3つのエッセー第3期#1
- 青木奈緖さんが選んだ3つのエッセー第3期#2
- エッセー作品「ぬいぐるみの関係」相部草子さん
- エッセー作品「赤い半額シール」加藤菜穂子さん
- エッセー作品「ゆるやかなお別れ」熊谷智恵子さん
- エッセー作品「チビ」浜三那子さん
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