- ハルメク365トップ
- 連載
- 編集部コラム
- ハルメクイベントエッセー講座作品集
- エッセー作品「チビ」浜三那子さん
「家族」をテーマにしたエッセーの書き方を、エッセイストの青木奈緖さんに教わるハルメクの通信制エッセー講座。参加者の作品から青木さんが選んだエッセーをご紹介します。浜三那子さんの作品「チビ」と青木さんの講評です。
チビ
チビはのら猫の子供だった。
昭和55年頃の多摩ニュータウンはまだ開発半ばで我が団地は西の外れだった。
あるとき、草藪に隠れていたのら猫親子の住処を、近所の低学年の男の子達が見付けた。
子猫を1匹持ち出しておもちゃにし、夕方返しに行ったら親猫は危険を感じて引越した後。
でも子供達はそこに子猫を置いて帰るのを小学2年生だった息子が見ていた。
その夜は春雨が一晩中降った。息子は夜が明けるのを待って、ずぶ濡れでガタガタ震えている子猫を抱えてきた。
雄のキジトラで両手にすっぽり入るくらい小さかった。
体を拭いて暖めて、牛乳を人肌に温めて与えたが、まだ舐めることを知らない。
そこで私は実家で飼っていた雌猫の子育てを思い出し、脱脂綿を結わえて親猫の乳首の大きさにして作って、人肌に温めた牛乳に浸したら吸い付いてくれた。
ところが人間の赤ん坊と同じで3~4時間毎に授乳しないと鳴き叫ぶ。
それからしばらく私は子猫の授乳に振り回された。
「団地は飼育禁止だからすぐに捨てろ!」
と言う夫に、「1歳になるまで」という条件で育てることになった。
名前はそのまんまチビとなる。少し大きくなると哺乳瓶に牛乳を入れたのを4本の手足で抱えて器用に飲んだ。
そのうち息子について外で遊ぶようになり、スベリ台でいっしょに滑ったり、キャッチボールの球を咥えて逃げたり。4年生の娘が学校へ行くときはついて行って、追い返すのに苦労したり。
1年が過ぎた。
夫がある夜、子供達が眠りについたころ突然言いだし、「立川の友達にチビをあげる約束をしてあるから」と車に乗せて出て行った。
意外に早く帰って来て、「多摩市役所の近くで車を止めた時逃げ出した」と言う。
翌朝子供達は泣くばかり。やっと学校には行ったが、帰って来るとすぐ3人でバスを乗り継いで探しに行った。3日間通ったが見付からない。諦めるより仕方が無かった。
そして又1年がたった。
私は小さな書道教室を持っていた。ちょっと遠くの団地から来ている男の子が「最近変わった猫を見たヨ。団地の階段を1つ1つ登っては降りている猫だヨ」。次の週にも、又次の週にも別の団地で見かけたと、子供達の間で話題になっていた。
私は「ああそう」と聞き流していた。
それから1週間後の日曜日、洗濯物を干すためにベランダに出た。
我が家は2階で前に小さな公園がある。そこの大きな屑籠の周りの臭いを嗅いでいる1匹の猫に目が止まった。
猫は振り向いて私の方を見た。目が合った。
「まさか! まさか! チビ?」
持っていた洗濯物も投げ捨てて玄関を飛び出し、「チビが帰って来た!!」と叫んだ。
1階と2階の踊り場で涙、涙の対面となった。
1年が過ぎてチビはすっかりデカになって、私の腕の中でゴロゴロと咽を鳴らした。
そして、手で私の頬っぺをトントンと叩く。
この合図は私に、「チビはお母さんのかわいい子、かわいい子」と頬ずりの要求である。
またゴロゴロと咽を鳴らした。これのために1年かけて帰って来たのだろうか?
右の犬歯は折れ、耳は両方ともギザギザになっていた。
いい人にも巡り合ったであろうが、雨の日も雪の積もった日もあったはず。多摩ニュータウンの東から西の果てまで、団地の階段を上り降りして探していたのだ。
チビは家族皆にナメナメして挨拶をした。
次の日、夫は後ろめたさからか猫缶をいっぱい買ってきた。
そしてしばらく一緒に暮らした。
しかし1年間の環境の変化を鋭く感じ取ったチビは、ある日散歩に行ったきり二度と帰ってこなかった。
探すあてのない私は占いにすがった。
「1年間旅をしていた時、親切な家があって、今そこで幸せに暮らしている」との言葉を、私は信じることにした。
青木奈緖さんからひとこと
浜様は動物のことをお書きになるのがお上手です。
すでに何作目かなのですが、今回は特に素晴らしい出来で、惹き込まれて拝読しました。最後にふらっと出て行ったきり、戻らないというあたり、悲しいことですが、猫にはありがちなことですね。
最後の一文「私は信じることにした」は余韻のある、とてもいい終わり方です。
「家族のエッセー」では、最後の一文をテーマである人物への呼びかけ(例えば、「お母さん、ありがとう!」等)で終わらせるパターンが多く見られます。
もし、ここに「チビよ、戻っておいで!」とつけ加えたら、どうでしょう。
直接文字で書いてしまうのではなく、読者の心をそのような気持ちに誘うことが大切です。
ハルメクの通信制エッセー講座とは?
全国どこでも、自宅でエッセーの書き方を学べる通信制エッセー講座。参加者は毎月1回家族の思い出をエッセーに書き、講師で随筆家の青木奈緖さんから添削やアドバイスを受けます。書いていて疑問に思ったことやお便りを作品と一緒に送り、選ばれると、青木さんが動画で回答してくれるという仕掛け。講座の受講期間は半年間。
現在第4期の参加者を募集中です。申込締切は2022年2月7日(月)まで。詳しくは雑誌「ハルメク」2月号の誌上とハルメク旅と講座サイトをご覧ください。
■エッセー作品一覧■
- 青木奈緖さんが選んだ4つのエッセー第2期#6
- 青木奈緖さんが選んだ3つのエッセー第3期#1
- 青木奈緖さんが選んだ3つのエッセー第3期#2
- エッセー作品「ぬいぐるみの関係」相部草子さん
- エッセー作品「赤い半額シール」加藤菜穂子さん
- エッセー作品「ゆるやかなお別れ」熊谷智恵子さん
- エッセー作品「チビ」浜三那子さん
-
スマホで医師に健康相談
24時間365日OK!30秒以内に医師・看護師・薬剤師などの医療チームがあなたの「健康相談」に応答してくれる♪ -
最高のワイナリーツアー♥
東京から2時間!家族・友だちと行きたい富士山を一望できる絶景ワイナリーでワインのテイスティングはいかが?お得なクーポンも! -
やばっ、冬の尿モレ
寒い冬、なぜ尿モレが増える…?3つの原因&4つの「効果的な尿モレ対策」を専門医に教えてもらいました! -
人生で1度は訪れたい場所
熊本・宮崎・鹿児島の3県には温泉、グルメ、絶景など、心もからだも癒やされる魅力が盛りだくさん!人生で1度は訪れたい名所がいっぱいです! -
生前親に●●聞き忘れると
老親の契約や登録しているサービス、これらを子が把握していないと将来ムダな出費や面倒なトラブルに発展する可能性が!特に見落としがちなのは… -
60日で英語が話せる!
英語をマスターするのに「完璧」はいらない!初心者でも60日で英語が話せるようになる、驚きの3つのコツとは? -
おひとり様の備えはOK?
この先「おひとり様」になったら意外な落とし穴がいっぱい…。そんな不安に備える、おひとり様専用お助けサービスが誕生! -
体験談:50代やって正解
銀行は断然「紙の通帳」派!そんな「デジタル嫌い」の私が 銀行アプリを使ってみたら想像よりもはるかに便利すぎて… -
年金生活…まさかの大出費
年金に頼った生活は、突然の出費によって耐えられなくなる恐れが。退職後も、老後資金を確保する3つの方法とは? -
認知症リスクに40%も差
最近、驚きの研究結果が…!「犬を飼っている人」は「飼っていない人」に比べて認知症リスクが… -
今なら無料でお試し!
将来、自分の認知機能が低下するリスクがあるか、簡単に予測できるサービスが誕生。今なら無料で先行利用できます! -
自分に似合う「眼鏡」は?
見た目の印象が若返る♥「自分に似合う眼鏡」を知って、ワンランク上のおしゃれを!