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- エッセー作品「『ちゃあちゃあん』の頃」林宏子さん
「家族」をテーマにしたエッセーの書き方を、エッセイストの青木奈緖さんに教わるハルメクの通信制エッセー講座。参加者の作品から青木さんが選んだエッセーをご紹介します。林宏子さんの作品「『ちゃあちゃあん』の頃」と青木さんの講評です。
「ちゃあちゃあん」の頃
私が初めて口にした言葉は「ちゃあちゃあん」と母に向けて発しました。
母は私の初めての言葉にびっくりし、また感動したのです。
この頃、母は私を柳こうりの中に寝かせて、その側でお守りをしながら和裁の仕事をしていました。
縫物の過程で、アイロンで地伸(じのし)をすると、布が前進してファーとゆれて波打ちもようを作り、暖かな空気がいっぱい広がります。
私はその様を大変好きだったようです。母と一緒に、にこにこしてその様子を眺めていたのです。
ある日、風邪を引いて、親子は苦しみました。高熱もあり、大変な日々もありました。
2人は病から解放されると、いつものアイロンの地伸など楽しい一時を過ごしました。
母子の楽しい時間は短くて、夕方から母はキャバレーに出向いていました。
父の病気の薬を買うために……。
父母の仲は時の流れと共に溝が出来ていきました。
その溝は大変だったそうです。父のやきもちやきに負け、ついに私と母との楽しい日々が消えたのです。
私は全く何もわからない所へ、つれて行かれました。
私は覚えています。
私は部屋中這いまわりました。
前、左右と首を回し、両手をしっかりついて進み、母を求めました。
どこにもいません。
その後、どうなったかは記憶にありません。
多分、父方の人々のせわになったのです。
その後、再び母に逢っても、私は祖母のひざから母のうでの中へ入ろうとはしませんでした。
いつも、祖母の空ちちで満足していたのです。
青木奈緖さんからひとこと
ハイハイをしていた頃の記憶があることに驚くと同時に、著者にとってどれほど強く印象づけられた出来事だったかと思いめぐらせます。和裁に使われる用語は昨今めっきり耳にしなくなりましたし、アイロンをかけた布を動かすときの暖かな空気のたゆたいも、描いて頂いて改めて実感しました。
大人として過去をふり返る書き方ではなく、幼い子の心の動きのままに描くことで、別離がより切なく心を打ちます。
ハルメクの通信制エッセー講座とは?
全国どこでも、自宅でエッセーの書き方を学べる通信制エッセー講座。参加者は毎月1回家族の思い出をエッセーに書き、講師で随筆家の青木奈緖さんから添削やアドバイスを受けます。書いていて疑問に思ったことやお便りを作品と一緒に送り、選ばれると、青木さんが動画で回答してくれるという仕掛け。講座の受講期間は半年間。
現在、参加者を募集中です。申込締切は2022年7月26日(火)まで。詳しくは雑誌「ハルメク」7月号の誌上とハルメク旅と講座サイトで開始します。
■エッセー作品一覧■
- 青木奈緖さんが選んだ3つのエッセー第3期#5
- 青木奈緖さんが選んだ3つのエッセー第3期#6
- 青木奈緖さんが選んだ3つのエッセー第4期#1
- エッセー作品「若夏のころ」塚原明子さん
- エッセー作品「夜行列車」西山聖子さん
- エッセー作品「『ちゃあちゃあん』の頃」林宏子さん
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