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随筆家の山本ふみこさんを講師に迎えて開催するハルメクの通信制エッセー講座。参加者の作品から山本さんが選んだエッセーをご紹介します。今月の作品のテーマは「見落とす」です。かわばたえつこさんの作品「気になって仕方がない」と山本さんの講評です。
気になって仕方がない
初めて子どもを授かった時、外を歩くと、なぜかたくさんの妊婦さんを見かけるようになった。
当時がベビーブームだったわけではない。駅のホームで、デパートで、地下街で、大きなおなかを抱えた女性がとにかく私の目に入ってきた。
妊娠前までは、ふだん妊婦さんに会うことはほとんどなかったが、それはただ私が気付かなかっただけなのかもしれない。
出産をひかえて、妊婦さんを見つける感度が急に鋭くなったようだった。
私と同じように、新しい命をかかえて、不安と未来への喜びで出産の時を待っているたくさんの女性たちがいる。
見ず知らずの彼女たちに連帯感にも似た気持ちが湧いていた。
妊婦の時の体験を思い出したのは、父が亡くなってしばらくしたころだ。
今度は父親と娘のふたり連ればかりを見かけるようになったのだ。
初めて父娘のふたり連れに意識が行くようになったのは、自らの視野検査を受けるため、大きな眼科の病院に行った時だった。
検査室の前で私はぼんやりと順番を待っていた。
そこに高齢の男性と、付き添う50代くらいの女性が目の前のベンチに座った。会話の感じから親子と思われた。
娘さんは父親が厚いコートを脱ぐのを手伝い、「もう少しだから待っていてね」とことばをかけていた。父親は静かにうんうんとうなずいていた。
その後ろ姿を見ていると、私も父の付き添いで何度も病院に来ていたことを思い出した。
眼科や歯科、そして泌尿器科で、父は辛抱強く検査や診察を受け、終わったらいつもぐったりしていた。
「タクシーがもうすぐ来るから」と言う私に、「帰れるのだね」とほっとした様子で笑顔になった。
父親と娘さんの二人連れを見て、もう父を連れて病院に来ることは出来ないのだという事実が、ひたひたと私の胸に押し寄せてきた。
突然、鼻の奥がツーンとしてアッと思う間もなく涙があふれてきた。
父が亡くなって何か月もたっていたのに、そんな自分の反応にびっくりし、これから検査なのにと思うのに、涙はなかなか止まらなかった。
山本ふみこさんからひとこと
父親と娘さんのふたり連れを見て、もう父を連れて病院に来ることはないのだという事実が、ひたひたと私の胸に押し寄せてきた。
ではじまる結び、とくにいいですね。感傷的になりすぎず、押し寄せた感情を「自分の反応にびっくりする」という表現で、客観視するところにも感心しました。
通信制 山本ふみこさんのエッセー講座とは
全国どこでも、自宅でエッセーの書き方を学べる通信制エッセー講座。参加者は毎月1回出されるテーマについて書き、講師で随筆家の山本ふみこさんから添削やアドバイスを受けられます。講座の受講期間は半年間。
現在、参加者を募集中です。申込締切は2022年7月4日(月)まで。詳しくは雑誌「ハルメク」7月号の誌上ハルメク旅と講座サイトをご覧ください。
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