通信制 山本ふみこさんのエッセー講座第4期第3回

「あたりまえなんかじゃない」道下裕子さん

公開日:2022.07.07

随筆家の山本ふみこさんを講師に迎えて開催するハルメクの通信制エッセー講座。参加者の作品から山本さんが選んだエッセーをご紹介します。今月の作品のテーマは「見落とす」です。道下裕子さんの作品「あたりまえなんかじゃない」と山本さんの講評です。

「あたりまえなんかじゃない」
エッセー作品「あたりまえなんかじゃない」道下裕子さん

あたりまえなんかじゃない

ある日の整骨院での会話。
先生、「左に重心がかかっていますね。それと、反り腰ですね。」
私、「反り腰ですか?」
どうやら私がやっていた背中を伸ばすストレッチは逆効果だったらしい。

先生は家でもできる私に合うストレッチをいくつか教えてくれた。
試しにその場で少しやってみたが、今までにない動きにそこら中の筋肉たちが抵抗している。
へんてこりんなポーズ(ちゃんとできればかっこいい)に照れ隠しの苦笑い、苦笑い。
長年かけてしっかりと定着しているこの身体の癖は一筋縄ではいかないようだ。
ギクシャクしている私にすかさず先生は言う。
「できるところまででいいんです。曲げられるところまででいいんです。続けていると必ず少しずつ変化していきます。」
まっすぐに向かってくるその声に身体がフッと緩んだ。

そうなんだ、私が今できるところまででいいんだ。
そんなあたりまえのことがストンと腑に落ちて、それからはこつこつとストレッチを続けられるようになった。
伸ばされた筋肉が喜んでいるのを感じるのは気持ちがいい。
もちろんかっこよくはいかないけれど、私が動かさない限り身体はいつまでも固まったままでいるしかないのだ。
「筋肉救済計画だ!」なんて大げさなタイトルを掲げて今日も使命感に燃えている。

いつもならすぐに投げ出してしまう私にとってこれは大きな変化だ。
身体がだんだんほぐれてくると、今度は心もほぐしてあげたくなってきた。
放っておくと容易く(たやすく)ネガティブに傾いていく私の心の癖は、左に重心がかかっている身体とよく似ている。

心もストレッチできればいいのだけれど、先生ならなんて言うだろう?
たとえば今できていることを集めてみるのはどうだろうか?
思いつくまま、とにかく書き出してみる。
朝起きた、朝食を作った、食器を洗った。
洗濯をした、掃除機をかけた、ゴミを捨てた。
今まで見落としてきた私にとっての「あたりまえ」が次々と浮かび上がってくる。
衣替えをした、シーツを洗った、買い物をした。花を生けた、本を読んだ、新しいレシピを試してみた。

他にもできていることは意外とたくさん見つかった。
小さな「できてる」が集まると心がじわじわと温かくなってくる。
もしかすると、私が「あたりまえ」だと思ってきたことは「あたりまえ」なんかじゃなかったのかもしれない。

それからは毎日三つずつできたことを書き留めている。
さて、今日もせっせとストレッチに励んでいると、表で野良猫がニャーと鳴いた。
そういえば、君っていつもいい感じにほぐれているね。

 

山本ふみこさんからひとこと

やわらかくて、自然で、とてもいいでしょう?気負わずに綴る、表現したいことを控えめに(しかし確実に)置く、読者に向かってやさしく語りかける……ときめきが、伝わるのです。書いていて、楽しかったのはないでしょうか。

こんなふうな心の有りようで書くことができたら、どんなに良いかと思ったことです。 

 

通信制 山本ふみこさんのエッセー講座とは

全国どこでも、自宅でエッセーの書き方を学べる通信制エッセー講座。参加者は毎月1回出されるテーマについて書き、講師で随筆家の山本ふみこさんから添削やアドバイスを受けられます。講座の受講期間は半年間。

現在、参加者を募集中です。申込締切は2022年7月4日(月)まで。詳しくは雑誌「ハルメク」7月号の誌上ハルメク旅と講座サイトをご覧ください。


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ハルメク旅と講座

ハルメクならではのオリジナルイベントを企画・運営している部署、文化事業課。スタッフが日々面白いイベント作りのために奔走しています。人気イベント「あなたと歌うコンサート」や「たてもの散歩」など、年に約200本のイベントを開催。皆さんと会ってお話できるのを楽しみにしています♪

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