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- エッセー作品「元気でいたら、120歳」大井洋子さん
随筆家の山本ふみこさんを講師に迎えて開催するハルメクの通信制エッセー講座。参加者の作品から山本さんが選んだエッセーをご紹介します。今月の作品のテーマは「見落とす」です。大井洋子さんの作品「元気でいたら、120歳」と山本さんの講評です。
元気でいたら、120歳
わたしの祖父は明治35年早生まれで、昭和天皇と同学年を誇りにしていた。
祖父の叔父である分家のおじいさんといつも一緒に町で散髪、夏には花火大会の見物。
稲刈りが終わると両家の夫婦連れだって2週間ほど湯治。
それだけが外出で、分家のおじいさんが亡くなると、ほぼ田んぼと家だけで過ごすようになった。散髪は祖母がした。
あのころ、うちには色々な人が訪れた。
寺のお坊さんは読経を終えると、ゆっくり祖父とお茶を飲み静かに世間話をして帰った。
村の人達もたびたび来た。
「ドラマ、あれは作りもんの話だから、本当にあったことのニュースを見んとならん」
祖父はそう言って、ニュースのほかにはテレビの国会中継や政治討論番組を楽しみに見ていたから、政治の話をしていたのかもしれない。
農協のおじさんは、木枠に入った酒や醤油の一升瓶、炭俵をリヤカーで配達。持参した昼食の弁当をうちの食卓に並んで食べた。
威勢がいい魚屋のおじさんは、
「キトキト(生きのいい)の姉ちゃんみたいな鰺だがいね。ピカピカしとるよ買われんか」
手相占いをしてあげるという菓子屋、田んぼ作業で留守にしていても、台所のボールに水を張り商品を入れていく豆腐屋、他にも両手の指では足りない行商人が来た。
祖父は外出しなくても、こうしてうちに来る人達と顔を合わせていた。
時が経ち、祖父は家の中だけで過ごすようになった。
隣町にスーパーマーケットができると次第に行商人が来なくなり、お坊さんも世代交代してからは、読経を終えるとすぐに帰ってゆく。
あるとき、村に移動販売車が来た。うちでは窓のすぐ近くまで車を寄せてくれたので、居間から商品を見て買うことができた。
冷蔵庫にヤクルトの詰め合わせパックが入っていた。
自分で好きなものを選ぶことができて、祖父は嬉しかっただろう。
「今年もよろしくお願いします。毎度ありー」
という実直そうな手書きの年賀状も数枚届いていたのに、その人は突然来なくなってしまった。
町から遠い村まで来ても、さほど売れなかったからだろうか。
このごろ、お年寄りを乗せた車いすを押し、一緒に買い物をしている人を見掛けると、わたしは祖父のために何もしてあげなかったとすまなく思う。
晩年寝たきりになった祖父を、見たくなかった気持ちもある。
わたしが子どもの頃、漢字の宿題を手伝ってくれた祖父。
「ようこの作るもんは、何でもうまいちゃ」
と言って、わたしの作った油っこい料理を食べ、下痢をして寝込んだことがある。
それでも何も言わなかった。
あれだけいつもやさしくしてもらったのに薄情者だ。
わたしは、不満を口にしない祖父の気持ちを見落としていた気がする。
山本ふみこさんからひとこと
時代を、実感を込めてたどり、おじい様を描き出した傑作です。共感を生むことと思います。この作品のおかげで、私も、祖父を思って、過去に向かって旅するようなひとときを過ごしました。
描きたい対象、描きたい世界をはっきりさせて取り組むというのは、大事ですね。読者として、受けとめたいことは受けとめた(知らなくていいことは、知らないままでいられた、ということでもあります)、という満足感があります。
通信制 山本ふみこさんのエッセー講座とは
全国どこでも、自宅でエッセーの書き方を学べる通信制エッセー講座。参加者は毎月1回出されるテーマについて書き、講師で随筆家の山本ふみこさんから添削やアドバイスを受けられます。講座の受講期間は半年間。
現在、参加者を募集中です。申込締切は2022年7月4日(月)まで。詳しくは雑誌「ハルメク」7月号の誌上ハルメク旅と講座サイトをご覧ください。
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