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- エッセー作品「母と姉とわたしと」堀口時美さん
随筆家の山本ふみこさんを講師に迎えて開催するハルメクの通信制エッセー講座。参加者の作品から山本さんが選んだエッセーをご紹介します。今月の作品のテーマは「そうだったのか」です。堀口時美さんの作品「母と姉とわたしと」と山本さんの講評です。
母と姉とわたしと
今でも、その日付けを覚えています。
2016年11月29日、火曜日。
仕事帰りの電車で、ケイタイをひらきました。姉からのメールが、届いていました。
実家(北海道旭川市)の母が交通事故に遭い、救急車で運ばれた、とのことです。
動揺がして、手がふるえました。
姉に電話をすると、母の意識は、はっきりしていて、命には別状がないということでした。
入院先に着いた翌日の夕方、外来が終り、病院内は薄暗くなっています。少し、怖く感じました。
一番奥のHCU病棟に向かうと、途中のイスに姉が座っていました。
その時の姉は、おばあさんのように老けて見え、姉かどうかわからなかったのです。姉の心労が伝わり、「ありがとう……大丈夫?」と声をかけるのが、やっとでした。
母の怪我は、外傷性クモ膜下出血と、3ヵ所の骨盤骨折の重症。
手押しの青信号で横断歩道を渡っていた時に、車にはねられたそうです。しかし、運転手の老人は「青だったから」と、母の信号無視を主張しています。
母のいない実家は、淋しいものです。洋裁を得意としていた母の部屋には、しつけ糸のかかった洋服がありました。社交ダンスと洋裁を生きがいとし、食生活に気を配り、ひとり暮しをがんばってしていた痕跡が、ここにもあちらにもみられて、言葉にはならない思いが、込み上げてきました。
母があの日、青信号で渡ったことを証明できないだろうか。姉と私は、何かにつき動かされるように、決意をしました。
母の証言を裏付ける!
目撃者探しのチラシを作り、コンビニでコピーをとり、御近所に聴きとりをしながら配りました。まるで、ドラマの刑事(デカ)のようです。
その日は、吹雪で目が開けられなくなり、「もう、これ以上は無理だね。わたしたちが倒れたら、もとも子もないよ。」と云い交して、数軒残して帰宅をし、冷えきった体を暖めたことを覚えています。
横断歩道沿いの、コンビニ・郵便局・デイサービス・寺院・信用金庫・クリニックなどにも、チラシを貼ってもらいました。
その間、本物の刑事さんが、母のもとに聴きとりに来ました。相手側の保険会社の訪問も。
主治医は決して「歩けるようになる。」とは口にせず、「施設を紹介します。」と繰り返しました。
幸い、母は回復してきました。
転院先を探す、転院する、リハビリの病院へ移る、などのめまぐるしい日々が続きます。
姉とわたしは、互いの仕事の休みを調整し、母にできるだけ寄り添いました。
姉の住まいは道内ではあっても、実家からJRで4時間半程かかります。わたしは、東京から旭川へ、毎月、通いました。
弁護士を依頼する、検察へ行く、など、事故に遭わなければ出会わない人たちと会いました。
交通事故の専門書を購入し、どのくらい付箋を貼ったことでしょう。すっかり詳しくなりました。
6ヵ月後の5月20日に、母は退院しました。
「奇跡の回復」でした。また、ひとり暮しを再開できたのです。
しかし、この事故をきっかけに、縫い物をいっさいしなくなりました。パーマをかけなくなりました。毎朝のジュースを作らなくなりました。物忘れが進みました。
こうして、昨年から、姉の家での同居が始まりました。事故に遭わなければ、いろいろなことが違っていたように思えます。
たまらなく、くやしい思いをしていた母には申し訳ないのですが、母の事故をきっかけに、姉との距離がぐうーっと縮まったと感じるのです。
姉にとってわたしは、5才下の頼りない妹。
でも、姉となら「かじ場のばか力」が出せそうなのです。母のことを、何があっても、助け合って見守っていける、と思っています。
山本ふみこさんからひとこと
お母さまの交通事故という苦難の中に、大切なものを見つけたというこのお話から、精神力をも超えた「魂」の力を感じました。
お母さま、お姉さまにも読んでおもらいになってくださいね。
通信制 山本ふみこさんのエッセー講座とは
全国どこでも、自宅でエッセーの書き方を学べる通信制エッセー講座。参加者は毎月1回出されるテーマについて書き、講師で随筆家の山本ふみこさんから添削やアドバイスを受けられます。講座の受講期間は半年間。
現在第3期の講座開講中です。次回第4期の参加者の募集は、2021年12月に雑誌「ハルメク」の誌上とハルメク旅と講座サイトで開始予定。募集開始のご案内は、ハルメクWEBメールマガジンでもお送りします。ご登録は、こちらから。
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