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- エッセー作品「エヌコロチロ」板谷越りんさん
随筆家の山本ふみこさんを講師に迎えて開催するハルメクの通信制エッセー講座。参加者の作品から山本さんが選んだエッセーをご紹介します。今月の作品のテーマは「そうだったのか」です。板谷越りんさんの作品「エヌコロチロ」と山本さんの講評です。
エヌコロチロ
リタイア後、私は家系図づくりを始めた。
まずは、実家の父方と母方の作成から。家系図づくりは、時空逆走の旅みたいだ。
作成前に私が知っていたのは、ルーツが福島会津であること(父がよく言っていた)、祖父が早くに亡くなり、父に苦労がつづいたということだ。
取り寄せた戸籍から、ルーツは新潟県とわかった。明治末期に、高祖父(祖父の祖父)が、北海道東部の屈斜路湖畔に入植(にゅうしょく)※した記録をみつけた。
屈斜路の歴史は北海道史、弟子屈町史などを手始めに、インターネットで簡単に調べることができた。
当時屈斜路は御料地で、畜産と農業、森林開発が盛んに行われ、鉄道も整備されていた。開拓者は一般的には、拝み小屋と呼ばれる粗末な小屋を自ら立て、そこから開拓を始めるのが常だ。しかし、屈斜路では曾祖父が入植する25年以上も前から温泉宿まであり、入植者はそこを拠点に開拓を始めていた。ただし、そこはスタートの地でしかないのだが。
高祖父は2年ほどで死去(享年79歳)、その後曾祖父は道東の三井財閥の農場に入り、祖父は結婚を機に隣の村に移った。結婚したの(祖母)が坂本竜馬の甥が率いる屯田村の娘だったことは今回調べて初めてわかったことだった。
財閥農場の農夫となった曾祖父は、まだましな生活だったようだが、自力開墾の祖父の生活は厳しいものだった。労働のなかで、祖父が急死したのは、父が11歳の早春。まだ雪が残るころだった。祖母は末子を出産したばかり、大黒柱を失った家族は絶望の淵に立ったことだろう。
父はその後、兄と共に子どもながらデメン※に入り、学校に通うことは叶わなかったそうだ。
「ホレ、りん。お前に似てめんこいべえ」
ある日、父はそういって、初めて見る子犬を抱かせてくれた。真っ白な子犬だった。
「エヌコロだ。めんこいべえ」
その日から、子犬は我家の一員になった。
「名前は、チロだな」
「え? もう決まっているの?」
「ああ、父さんのこんまい頃※欲しかった犬にそっくりだ。あの時飼えんかった犬の名前がチロだから、チロにした。いいべ」
「白いからシロじゃないの?」
「そうだよ。チロだ。チロいべ」
父とそんな話をして笑った覚えがある。
チロは、大雪の日も、入学式の日も、川遊びの日もずっと一緒だった。都会の学校に転校することになっても一緒だった。
家系図を作成しながら、新潟の歴史、本籍地や苗字からもリサーチし、多くの資料や書籍を乱読した。
『村上藩三面川流域言語』の書籍に父の言葉のルーツを発見した。
『「イ」と「エ」の母音発声の混同がある』と流域ことばの特徴が紹介されていた。
つまり、犬(イヌ)→「エヌ」 白(シロ)→「チロ」となる。父は「エヌコロはチロ」と言ったけれど「犬の名は白」と言っていたのだ。聞きなれた父の言葉の中にルーツのお国言葉があったのだ。
苗字ルーツを紐解くと、曾祖母の苗字は「会津から板谷峠を越えてきた人」の由来があることを知った。
そう、父の昔語り「福島会津だあ」は正しかったのだ。
私の好奇心の熱は、上昇するばかりだ。
時空逆走の旅の中に、思いがけず父や祖父母たちの姿を見つけることができるから。
※入植(にゅうしょく):開拓地に入り、生活を始める事。
※デメン:農家等の日雇い労働。
※こんまい頃:小さい頃の意味(北海道弁)。
山本ふみこさんからひとこと
先日、「板谷越りん」という筆名が生まれ、その名(板谷越)に由来する「エヌコロチロ」を書いてくださいました。幼少期から苦労が続いたというお父さまは、魅力的な方ですね。引きこまれました。欲張らず、犬の話を描いたことも、作品を豊かにしています。
この作品は、空に向かって音読していただきたいと思います。
通信制 山本ふみこさんのエッセー講座とは
全国どこでも、自宅でエッセーの書き方を学べる通信制エッセー講座。参加者は毎月1回出されるテーマについて書き、講師で随筆家の山本ふみこさんから添削やアドバイスを受けられます。講座の受講期間は半年間。
現在第3期の講座開講中です。次回第4期の参加者の募集は、2021年12月に雑誌「ハルメク」の誌上とハルメク旅と講座サイトで開始予定。募集開始のご案内は、ハルメクWEBメールマガジンでもお送りします。ご登録は、こちらから。
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