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- エッセー作品「あなただったんだ」馬場佳子さん
随筆家の山本ふみこさんを講師に迎えて開催するハルメクの通信制エッセー講座。参加者の作品から山本さんが選んだエッセーをご紹介します。今月の作品のテーマは「そうだったのか」です。馬場佳子さんの作品「あなただったんだ」と山本さんの講評です。
あなただったんだ
私の背中をずっと摩るごつい手の主は、あなた。
激しい吐き気に「辛いだろう、辛いだろう」と、涙を流すのはあなた。
風呂上がりの骨の浮いた全身にクリームを塗ってくれ、髪の抜けた頭にそっとキスしてくれるあなた。
私が18歳で大学1年生。サークルの4年生のあなたに私が惚れました。とても逞しく見えたのですよ。
4年後に私からの一方的な別れ。若さが縛られることに我慢ができなかったんです。あなたを傷つけました。
それから、それぞれが家庭を持ち、子どもを育て、同時期に、あなたは奥様と死に別れ、私は生き別れをしていましたね。
28年ぶりの再会は、私の強い願いによってかなったんだと思います。あの時のごめんなさいをちゃんと言いたくて。
あなたと私、再婚して今年で丸10年だね。
5人の子どもがバタバタと結婚して、今では11人の孫がいるんですもの、できすぎた話です。
2人で仕事のレールを一緒降りて、さあこれから何処から旅行しようかという時に、私の胃がん発覚。
胃の3分の2くらい無くても平気! と思ってたのに、あっと言う間に腹膜播種の転移と聞いても、まるで他人事のように感じてました。
やっぱりあなたは泣いていたね。
28年ぶりの再会の日のことを、私はときどき思い返します。
あなたの禿げた頭を見て、かすかにショックも受けたけど……あの時「あ、そうだったのか」と私は心の中で叫んだ。
やっぱりこの人だったんだ、私の片方の身体は。
18歳の私の本能に間違いはなかった。
平坦な道を行く日にも、たしかにそこにあったはずなのに、こんな状況にならないと知りえない感触でいま、いっぱいです。
「ありがとう。ありがとう」しか言えなくて、なぜもっとあなたを大切に、2人で生きてこなかったのかと後悔ばかりです。
「そうだったんだ。あなただったんだ。」
もっともっと早くに気づいていたかった。
どうか、今夜も手を繋いで寝てくださいね。
山本ふみこさんからひとこと
厳しい病との共生のなかで、書き続けてこられたことに、まず、敬意を表したいと思います。
本当にあった素敵なお話の中、漂わせていただこうではありませんか。人は奇跡を生きることを許された存在なのだと、思わされています。
通信制 山本ふみこさんのエッセー講座とは
全国どこでも、自宅でエッセーの書き方を学べる通信制エッセー講座。参加者は毎月1回出されるテーマについて書き、講師で随筆家の山本ふみこさんから添削やアドバイスを受けられます。講座の受講期間は半年間。
現在第3期の講座開講中です。次回第4期の参加者の募集は、2021年12月に雑誌「ハルメク」の誌上とハルメク旅と講座サイトで開始予定。募集開始のご案内は、ハルメクWEBメールマガジンでもお送りします。ご登録は、こちらから。
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