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- エッセー作品「はじまりはパンだった」三澤モナさん
随筆家の山本ふみこさんを講師に迎えて開催するハルメクの通信制エッセー講座。参加者の作品から山本さんが選んだエッセーをご紹介します。今月の作品のテーマは「そうだったのか」です。三澤モナさんの作品「はじまりはパンだった」と山本さんの講評です。
はじまりはパンだった
「パンの大サービスです。無料です」
男性が声を張り上げている。休日の朝、無料のパンをもらえるとは、なんて幸せ。
「午後1時には、ぬいぐるみを差し上げます。おひとり様1個ですので、誘い合ってきてください」
と男性はさらに言うのだった。
30数年前、東京の集合住宅に住んでいたときのことだ。双子の娘たちが4歳。「ぬいぐるみ1個じゃケンカになるよね。お父さんも行こう」と夫を誘った。
午後1時、集合場所に行くと、ご近所さんがたくさん集まっている。みんなぬいぐるみが目当てだと思うとほほえましい。
「ぬいぐるみは近くのバスの中にあります」
と誘導されるまま、靴を脱いで椅子の無いバスに入る。ギュウギュウづめだ。
若い男性スタッフが真ん中に座り、言葉巧みにみんなを笑わせる。
「今日は、特別に感じのいいお客さんなので便利なこの台所用品をあげちゃいます。ほしい人は元気に手を挙げて!」
「はい!」「はい!」「はい!」
「それでは、1番元気のいい、あなたに!」
ぬいぐるみはまだかなと思いながらも、いつのまにか私も「はい!はい!」を繰り返していた。
そうこうするうちに、「今日だけの特別サービス」という羽毛布団が出てきた。「今日契約すると、この枕をプレゼント」
気がつくと客は数名だけになっていた。そして、私を含めたその数名は、高額羽毛布団の契約書に名前を書いていたのだ。
おまけの枕と契約書とぬいぐるみを抱えて、ハンコを押すために帰宅した。
先に帰っていた夫は私の姿を見て驚き、「ばかだなあ。何やってるんだ。すぐ返して!」と言った。
玄関まで一緒に来たスタッフに謝って、契約できないことを伝えると、枕と契約書を奪いとるようにして出て行った。
その異様な態度に、目が覚める思いがした。
大半のご近所さんも、そして夫も、「なんかおかしい」と思って、ぬいぐるみだけをもらってさっさと帰ったのだという。
これが、当時はやった「催眠商法」という悪徳商法だとは後で知ったことだ。
夢中で、われ先に、「はい!はい!」と手を挙げていた自分が浅ましく、情けなかった。
のちのちまでこれは我が家の語り種となり、息子には、「お母さんその服、だまされてない?」とからかわれながら、心配されている。
山本ふみこさんからひとこと
よく書いて読ませてくださったなあと、思いました。これまでの作品を通して私が知っている「三澤モナ」の人物像は、迂闊(うかつ)とも、いわゆるおっちょこちょいとも無縁の存在です。それでも、このような経験を持っておられる。
若き日に踏みとどまれたことに感心しながら、ああ、人の世には常にこんな落とし穴があるのだと思わずにはいられませんでした。
通信制 山本ふみこさんのエッセー講座とは
全国どこでも、自宅でエッセーの書き方を学べる通信制エッセー講座。参加者は毎月1回出されるテーマについて書き、講師で随筆家の山本ふみこさんから添削やアドバイスを受けられます。講座の受講期間は半年間。
現在第3期の講座開講中です。次回第4期の参加者の募集は、2021年12月に雑誌「ハルメク」の誌上とハルメク旅と講座サイトで開始予定。募集開始のご案内は、ハルメクWEBメールマガジンでもお送りします。ご登録は、こちらから。
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