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- エッセー作品「幸せを運ぶ〈てがみ〉」岡島みさこさん
「家族」をテーマにしたエッセーの書き方を、エッセイストの青木奈緖さんに教わるハルメクの通信制エッセー講座。参加者の作品から青木さんが選んだエッセーをご紹介します。岡島みさこさんの作品「幸せを運ぶ〈てがみ〉」と青木さんの講評です。
幸せを運ぶ〈てがみ〉
「うちのお風呂がこわれてしまったの。あした入りに行っていい?」と、姪から電話があった。
「わぁそれは大変ね。せまいお風呂よ。それでいい?」
「玄関ドア開けたらそこが台所。入ったらそのまま左がお風呂のドアだから、ドアの開け閉めのタイミングで、すっぽんぽんを見られちゃうかもよ」というと、彼女は「キャッキャッ」とおおいに笑って楽しみにしているようだった。
「もちろんOKよ」と約束をした。
わたしが六甲山の麓でアパートのひとり暮らしをはじめて5年ほど経った頃である。
アパートから海に向かってながい下り坂を20分ほど歩くと、両親と姪たちが住む実家があった。
まだ1度も来たことがなかったから、わたしは頼りにされていたのだと思うとうれしくなった。
3人姉妹の姪たちと彼女たちのお母さんも一緒に来ることになった。
〈きっとビックリするだろうなぁ〉と思いながら、6畳1間と台所とお風呂をいつもよりていねいに掃除をした。
とにかく狭い。流し台横に冷蔵庫を置き、その真向かいに洗濯機がある。そこがお風呂場入口だから台所が脱衣場となる。いつもカニのように横歩きして、からだの向きを変えていた。
6畳間のベッドの布団を片付け、それをソファにやり替えてクッションを2つ置く。
折りたたみテーブルは広げてクロスをかけ、1輪の花を花瓶に生けてどうにか準備ができた。
木造モルタルのアパートは壁が薄くて物音がよく響く。昼下がり階段を登ってくる足音が聞こえてきた。彼女たちの話し声でわたしは先にドアを開けた。
「ようこそいらっしゃい!」「ビックリしないでねぇ」と部屋の狭さが少しはずかしかった。
家族が来てくれたと思うと、心がつながっていることに、わたしはホッとして心地よかった。
暖かい陽ざしが部屋に射し込み、おんなばかり5人のおしゃべりがはじまった。
正方形のステンレス製の浴槽は、手足を伸ばして入ることができない。窮屈だがシャワーを浴びることもできるし、入浴は気持ちの良いものだ。お姉ちゃんが先に入るのか、末っ子がお母さんと一緒にとか入浴騒動でしばらくドタバタしたが、アッという間に時間が過ぎた。
みな洗髪もすませてさわやかな表情だった。
落ち着いた頃にわたしは「お腹空かない?」とたずねると、「はい」と元気に姪たちが答えた。
「ラーメンならあるよ。食べる?」と聞くと「食べたい!」と喜んでくれた。
後日、1通の絵柄の入ったかわいい手紙が届いた。えんぴつ書きの幼いひらがな文字で次のように書いてあった。
「みさちゃん、こないだきてくれてありがとう。
おねがいがあるの。またみさちゃんちにいってみたいな!
それでラーメンたべたい。またえみのうちでもいっしょにごはんを食べようね。
たのしみにまってるね」えみ子より。
このところ、コロナ禍で外出もままならない。
押し入れの片付けをしていたわたしは、古い手紙ファイルの中にこの〈てがみ〉を見つけて、あの頃のことを想い出していた。
何十年もまえのことだが、いまでも幸せを運ぶ〈てがみ〉である。
青木奈緖さんからひとこと
入浴というリラックスした雰囲気や、女性同士の打ち解けた会話が巧みに描けていて、
六甲山の麓の小さなアパートが映画の一場面のように浮かび上がります。
冒頭をいきいきした会話で始めると、読者を一気にその場に引き込むことができます。
その分、次に状況を過不足なく説明して、読者をスムーズに導いてください。
ハルメクの通信制エッセー講座とは?
全国どこでも、自宅でエッセーの書き方を学べる通信制エッセー講座。参加者は毎月1回家族の思い出をエッセーに書き、講師で随筆家の青木奈緖さんから添削やアドバイスを受けます。書いていて疑問に思ったことやお便りを作品と一緒に送り、選ばれると、青木さんが動画で回答してくれるという仕掛け。講座の受講期間は半年間。
現在、第3期の参加者を募集中です(締切は2021年7月26日)。詳しくはこちらをご覧ください。
■エッセー作品一覧■
- 青木奈緖さんが選んだ2つのエッセー#6
- 青木奈緖さんが選んだ3つのエッセー第2期#1
- 青木奈緖さんが選んだ4つのエッセー第2期#2
- エッセー作品「息子に囲碁を教える」岩田實さん
- エッセー作品「時の道筋」宇野百合子さん
- エッセー作品「幸せを運ぶ〈てがみ〉」岡島みさこさん
- エッセー作品「遠回りしたけれど」加藤菜穂子さん
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