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「家族」をテーマにしたエッセーの書き方を、エッセイストの青木奈緖さんに教わるハルメクの通信制エッセー講座。参加者の作品から青木さんが選んだエッセーをご紹介します。加藤菜穂子さんの作品「遠回りしたけれど」と青木さんの講評です。
遠回りしたけれど
「なおさん、今から打ち合わせいいかなあ?」
と社長から声を掛けられるたびに、私は内心(また何を言い出すのかしら)と面倒な気分になった。会議室で社長の提案を聞いても「それはいいね。」と二つ返事で賛同することは少なかった。
我社の社長は37歳、うちの長男。
11年前に我社に入社した時から、母親の私を社員と同じように「なおさん」と呼ぶようになった。
3年前、父親が体調を崩したために小さな建設会社の若社長となり奮闘しているが、やる気が空回りすることも。
長男が生まれたとき、待望の内孫として祖父母から愛情いっぱい甘やかされて育った。
友達も多く活動的な反面、自己主張の強いわがまま息子に成長した。
我慢の苦手な長男は友達と喧嘩してケガを負わせてしまったり、高校で停学処分を受けたりした。
彼の思春期は、解決できないエネルギーが渦巻いていた。
長男がことを起こすたびに親は頭を下げに行き、悩み、妹と弟にとっては反面教師となっていたようだ。
親の助言を聞かないで遠回りして、あげく我社に入社した長男は、かわいがってもらった祖父に似ている。お酒とたばこが大好きで調子のよいところがある。
そんな祖父と私の主人は気が合わず、度々大喧嘩していた。それゆえ主人と長男も合うはずがなく、主人は長男にことごとくきつく当たった。
外で遠回りしながら我慢することを身につけた長男は、父親の攻撃に打たれ強く耐えていた。
そして社長交代をきっかけに父親の攻撃がやみ、かたや長男は社長業に邁進するようになった。
この2人に、雪解けの日が来るかもしれない。
知識はないが、やる気と元気だけを武器にして奮闘している彼を見ていると、良かったことも悪かったことも全ての経験が無駄ではなかったようだ。
とがっていたところが丸くなり、自己主張の塊が砕けて、人の言うことを聞けるようになった。
聞いても納得できなければ従わない頑固さもある。
これから先にたくさんの困難が待ち受けていることも、そして1人では乗り越えられないことも承知しているのだろう。
気が付けば最近、「なおさん」は社長からの提案にダメ出しすることが減ってきた。
まだまだ未熟だと心配しながらも、彼なりに裏づけデータをとって検討し、挑戦するならば、仮に失敗しても次の成功につながる。
我社は小さな会社だが、地元に根を生やした優良企業だと自負している。
社員もそう思っているだろうか。社長にはぜひそう思いつづけていてほしい。
青木奈緖さんからひとこと
母親としての目線と会社経営者として目線、その二つが合わさって複合的な面白さをつくっています。
冒頭を「なおさん−社長」の関係で始めたことが成功の鍵といえるでしょう。「母−息子」の関係で書き始めていたら、このユーモラスな雰囲気は描けなかったのではないでしょうか。
読者はこの作品を「どこのお宅も大変ね、いいことばかりはないものよね」などと思いながら読み、最終的に「なおさん」と共にちょっとやんちゃな過去もある若い社長を応援したい気分になります。
読者の気持ちを動かすことに成功している好例といえるでしょう。
ハルメクの通信制エッセー講座とは?
全国どこでも、自宅でエッセーの書き方を学べる通信制エッセー講座。参加者は毎月1回家族の思い出をエッセーに書き、講師で随筆家の青木奈緖さんから添削やアドバイスを受けます。書いていて疑問に思ったことやお便りを作品と一緒に送り、選ばれると、青木さんが動画で回答してくれるという仕掛け。講座の受講期間は半年間。
現在、第3期の参加者を募集中です(締切は2021年7月26日)。詳しくはこちらをご覧ください。
■エッセー作品一覧■
- 青木奈緖さんが選んだ2つのエッセー#6
- 青木奈緖さんが選んだ3つのエッセー第2期#1
- 青木奈緖さんが選んだ4つのエッセー第2期#2
- エッセー作品「息子に囲碁を教える」岩田實さん
- エッセー作品「時の道筋」宇野百合子さん
- エッセー作品「幸せを運ぶ〈てがみ〉」岡島みさこさん
- エッセー作品「遠回りしたけれど」加藤菜穂子さん
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