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- エッセー作品「息子に囲碁を教える」岩田實さん
「家族」をテーマにしたエッセーの書き方を、エッセイストの青木奈緖さんに教わるハルメクの通信制エッセー講座。参加者の作品から青木さんが選んだエッセーをご紹介します。岩田實さんの作品「息子に囲碁を教える」と青木さんの講評です。
息子に囲碁を教える
私は囲碁が趣味である。
高校生の頃に父親に囲碁を手ほどきされ、以来今日まで60年間、囲碁に関わらない日は1日としてない。
囲碁はゲームの一種ではあるが、ルールは極めて単純である割に、その奥行きの深さは無限である。
この汲めども尽きぬ囲碁の魅力を、わが子にも伝えたいというのは当然の成り行きだった。
そして習い事はあまねくまだ脳の柔らかい低年齢の頃からの方がよい。
息子が小学校の3年生になる頃、満を持して囲碁を教えることとした。
息子の同級生3人にも声をかけ、毎日曜日の午後は、わが家は子どもたちの囲碁教室となった。
こうして少しずつではあるが、子どもたちは囲碁に馴染み、上達していった。
5年生の夏休みに、私は4人を連れて、新潟市で行われた「新潟県少年少女囲碁名人戦」(小学生の部)に参加した。
全くの予想外のことであったが、この大会で私の息子が優勝した。
さらに息子は県代表として、東京で行われた全国大会に参加することができたが、他県のレベルは高く、1回戦であえなく敗退した。
しかしこの大会を契機として、囲碁の勉強にも一段と熱が入り、初段も目前となり、私が息子に追い越されるのも時間の問題と、嬉しい期待を抱いた。
しかし現実はそんなに甘くはなかった。
息子が中学生になったとき突然、「もう囲碁は止めたい」と言い出した。
何とか息子の翻意を促すべく「朋道(ともみち:息子の名前)よ、新潟県の小学生名人になったということ、これは大変なことなんだよ。囲碁に限らずどんな競技でも県1位になるなんてことは夢のようなことなんだ。折角ここまできたんだから、今度は中学生名人を目指したらどうだい」と説得した。
ここで息子の反論がふるっていた。
「お父さん、僕がサッカーや野球で県1位になれたというのなら、友だちにちょっとは自慢もできる。だけど、囲碁で県1位になったなんて恥ずかしくて誰にも言えない。大体囲碁は盆栽と同じで、年寄の道楽だ」。
言われてみれば息子の意見も一理ある。囲碁は今ほど子どもたちに浸透していなかったことと、息子が中学生となり、自我に目覚めたとも言えよう。かくて、私の壮大な夢は4年であえなく頓挫することとなった。
でも私の中では、途中で挫折してしまって残念だという気持ちの一方、これでよかったという安堵の気持ちも同時に芽生えていた。
親が子どもの人生を決めてしまっていいものかどうか。
囲碁に限らず、子どもに何かを真剣に教えようとしたときの本当の難しさはここにあると思う。
しかしである。息子が小学生名人となった日の帰りの車中、3人の友だちに向かって語りかけていた。
「いやー、オレ勝ってしまった」。
こぼれるようなあの笑顔を、お父さんは永遠に忘れないだろう。
青木奈緖さんからひとこと
このエッセー講座でみなさまの作品を拝見するようになって、つくづく「文は人なり」と思います。
書いているときは、そこに自分の個性や書き癖が表れているとは思えないものですが、読む立場になると、各作品に「その人らしさ」が表れていることに気付きます。
岩田様の文章の論理的できちんとした佇まいは、60年間、毎日欠かさず打っていらっしゃる囲碁によって培われたものと感じました。
父と息子の、やや抑えめのボソボソとした会話も、最後の父親らしい心の動きもうまく捉えられています。
ハルメクの通信制エッセー講座とは?
全国どこでも、自宅でエッセーの書き方を学べる通信制エッセー講座。参加者は毎月1回家族の思い出をエッセーに書き、講師で随筆家の青木奈緖さんから添削やアドバイスを受けます。書いていて疑問に思ったことやお便りを作品と一緒に送り、選ばれると、青木さんが動画で回答してくれるという仕掛け。講座の受講期間は半年間。
現在、第3期の参加者を募集中です(締切は2021年7月26日)。詳しくはこちらをご覧ください。
■エッセー作品一覧■
- 青木奈緖さんが選んだ2つのエッセー#6
- 青木奈緖さんが選んだ3つのエッセー第2期#1
- 青木奈緖さんが選んだ4つのエッセー第2期#2
- エッセー作品「息子に囲碁を教える」岩田實さん
- エッセー作品「時の道筋」宇野百合子さん
- エッセー作品「幸せを運ぶ〈てがみ〉」岡島みさこさん
- エッセー作品「遠回りしたけれど」加藤菜穂子さん
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