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- エッセー作品「一度だけの家族旅行」野崎一恵さん
「家族」をテーマにしたエッセーの書き方を、エッセイストの青木奈緖さんに教わるハルメクの通信制エッセー講座。参加者の作品から青木さんが選んだエッセーをご紹介します。野崎一恵さんの作品「一度だけの家族旅行」と青木さんの講評です。
一度だけの家族旅行
店舗兼住宅だった我が家には玄関がなく、学校から帰るとお店から家の中に入ります。
月曜が定休日でしたが、「お店を閉めていたらお金は一銭も儲からへんけど、開けていたらお客さんが来るかもしれへん。」と、お正月以外ほぼ年中無休状態でした。
そうやって96歳で亡くなった父は93歳まで自分の城であるお店を開けていました。
子ども時代、家族旅行はたった1回こっきりでした。
それも半日だけの、旅行とはいえないようなお出かけでした。私が中学生、弟が小学生の夏休み、月曜とお盆が重なった日だったと思います。父が急に、新幹線に乗りに行こうと私たちを誘いました。
その数年前に新幹線が新大阪から岡山へ延びました。まだ一度も新幹線に乗ったことのない私たちに、何か思い出を作ってくれようとしたのでしょうか。最寄りの新幹線の駅は姫路駅でした。
自家用車で50分ほどかけて姫路駅に行き、そこから、両親と弟、私の4人は向かい合って新幹線の座席に座りました。
どこに行くかわからなかったけれど、車窓から見える景色がビュンビュン変わるのを見て、父は「ほんまに速いなあ」と言いました。
外の景色を驚きながら見ていると、あっという間に目的地に着いてしまいました。
行先は京都でした。
1時間もかからない本当に短い旅でした。京都に着いて、どこに行ったかはっきりとは思い出せないのですが、観光はせず、たぶん京都タワーに上って、そこで昼食を食べただけだったと思います。「せっかく京都に来たから、いいもん食べよう」とうなぎをみんなで食べたと思います。
うなぎより、お子様ランチ風の洋風のものが食べたいなあと、心の中では思っていました。
両親と弟はもっと京都にいたかったと思うのですが、私が夕方の部活動をさぼりたくないから帰ると言い張ったため、京都には1時間ほどの滞在で家路に着きました。
帰宅すると慌てて中学校の校庭に向かいましたが、誰もいませんでした。そう、その日はお盆で部活動はお休みでした。
しっかり予定を確認していなかったため、すごく後悔しました。めったにない家族でのお出かけが、私のせいであっという間に終わってしまったという罪の意識を感じました。
学校の運動場から帰宅したら、いつものようにお店は開いていて、そしていつものように父と母はお店にいました。
京都に行ったのは夢だったのかな、と思った瞬間でした。
青木奈緖さんからひとこと
完成度高く、きれいにまとまった作品です。
ご一家が新幹線に乗って旅する場面は読者も一緒に同乗しているような気分ですし、夏の日の学校のグラウンドや、帰宅後のお店の様子が目に浮かぶようです。
ほんのひとこと、何のお店かも書き添えると読者の「知りたい欲求」が満たされるでしょう。
作品をつくるのは作者ですが、読んでその世界を構築するのは読者なのです。
ハルメクの通信制エッセー講座とは?
全国どこでも、自宅でエッセーの書き方を学べる通信制エッセー講座。参加者は毎月1回家族の思い出をエッセーに書き、講師で随筆家の青木奈緖さんから添削やアドバイスを受けます。書いていて疑問に思ったことやお便りを作品と一緒に送り、選ばれると、青木さんが動画で回答してくれるという仕掛け。講座の受講期間は半年間。
次回第3期の参加者の募集は、2021年6月に雑誌「ハルメク」の誌上とハルメク旅と講座サイトで開始予定。募集開始のご案内は、ハルメクWEBメールマガジンでもお送りします。ご登録は、こちらから。
■エッセー作品一覧■
- 青木奈緖さんが選んだ3つのエッセー#5
- 青木奈緖さんが選んだ2つのエッセー#6
- 青木奈緖さんが選んだ3つのエッセー第2期#1
- エッセー作品「一度だけの家族旅行」野崎一恵さん
- エッセー作品「公園は命であふれてる」星野玲子さん
- エッセー作品「モデル」西山聖子さん
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