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- 「もうみんないなくなった」田久保ゆかりさん
「家族」をテーマにしたエッセーの書き方を、エッセイストの青木奈緖さんに教わるハルメクの通信制エッセー講座。参加者の作品から青木さんが選んだエッセーをご紹介します。田久保ゆかりさんの作品「もうみんないなくなった」と青木さんの講評です。
もうみんな いなくなった
私は銀杏。もう半世紀も前の事だが、この家のお母さんが、山の中学校の赴任を終えた記念として、帰って来る時に一緒に連れて来られた。
それにしてもここはずいぶん暖かい所だと思った。何しろ前いた所は、四万十川の上流付近で、南国高知というのに冬は雪が降り積もる。
私が来た時は、おばあちゃん、お父さん、お母さん、三姉妹の末っ子の4人暮らしだったが、数年後おばあちゃんが亡くなった。
退職したお母さんは、ろうけつ染やちぎり絵、日本画などの趣味に没頭していた。
娘たちに言わせたら、融通がきかない性格ということになるらしいが、とても几帳面な人で物作りには向いていたのだろう。
作品が県や市の展覧会に入賞したこともあったし、仲間と旅行にも行けて、あの頃が一番楽しそうだった。
一方でお父さんは婿養子にも拘わらず、清和源氏につながるこの家のルーツを調べ家系図を作ったり、裏山にズラリと並んだお墓に刻まれた碑銘を解明し、近所の人達からずいぶん頼りにされ、文化財保護委員もしていた。
趣味の俳句や短歌もせっせと作り、入選したという話は聞いたことがなかったが、宮中歌会始にも丁寧な筆文字で応募していた。
お父さんが書斎にしていた離れの2階の部屋に、その2階と同じ位背の伸びた私は、まだ墨の乾かない半紙が吊るされているのをよく見たものだ。
三女も結婚して家を出た後、お母さんは電車とバスを乗り継いで、孫の世話をしに行っていたが、だんだん病院にしか出掛けなくなり、ある晩秋の夜、庭で転倒し大腿部骨折をしたんだ。
私の足元を通り、救急車で運ばれて行ったのが、私が見たこの家でのお母さんの最後の姿。
お父さんもそれから1年少し後、持病の定期検査に出掛けた朝に見たっきりだ。
そのまま入院になり、その後は1人暮らしは無理と判断され老人ホームへ入ったと聞いた。
2人とも何の準備もしていないのに、突然この家からいなくなってしまったのだ。
そして今日の午後、私もお母さんやお父さんのように、突然いなくなってしまうのだ。
秋に帰って来た娘達が、金色の絨毯のない路を通り門をくぐる時、私のことを懐かしく思い出してくれるといいのだが。
青木奈緖さんからひとこと
この作品はご実家の庭にはえている銀杏の木の視線で描かれています。
エッセーとしては創作性が高いですが、そもそもエッセーは自由なものなのです。
「視点を変えて見ることで、見える景色が異なる」という好例です。
読みながら、読者も自分の家族が過ごしてきた歳月に思いを馳せることでしょう。
じんわりと した余韻が残ります。
ハルメクの通信制エッセー講座とは?
全国どこでも、自宅でエッセーの書き方を学べる通信制エッセー講座。参加者は毎月1回家族の思い出をエッセーに書き、講師で随筆家の青木奈緖さんから添削やアドバイスを受けます。書いていて疑問に思ったことやお便りを作品と一緒に送り、選ばれると、青木さんが動画で回答してくれるという仕掛け。講座の受講期間は半年間。
次回第3期の参加者の募集は、2021年6月に雑誌「ハルメク」の誌上とハルメク旅と講座サイトで開始予定。募集開始のご案内は、ハルメクWEBメールマガジンでもお送りします。ご登録は、こちらから。
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