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- エッセー作品「普通のクリスマス」澤井 励子さん
「家族」をテーマにしたエッセーの書き方を、エッセイストの青木奈緖さんに教わるハルメクの通信制エッセー講座。参加者の作品から青木さんが選んだエッセーをご紹介します。澤井励子さんの作品「普通のクリスマス」と青木さんの講評です。
普通のクリスマス
今年もクリスマスが近付いてきた。街はイルミネートされ、またたくライトは私の心にもポッと明かりを灯してくれる。
クリスマスケーキも様々なごちそうも最近は簡単に手に入るけれど、私が小学生だった昭和40年代はそうでもなかった。クリスマス当日の給食に出された半分にカットされ、断面が黒ずんだバナナでも子供心に嬉しく、隣の席の男子とどっちのバナナが大きいかと真剣に言い合った記憶がよみがえる。
2学期末の全校あげての大掃除日と重なれば、油を付けた雑巾で板張りの廊下をピカピカに磨き、仕上げた後のやりとげた感覚がクリスマスという特別の日の高揚感を強くした。
心浮き立つ行事のひとつとして、大人になってからもクリスマスを過ごしてきた私だが、息子とクリスマスの出会い方は不思議としか言い様がなく、加えて悲しく不安の種となった。
息子が4才になった年のクリスマスに、高さ80センチ程のツリーを買ってあげた。生まれつき聴力を欠き、発語もなかった息子だったがキラキラする物が大好きだったゆえ、イルミネーションも色とりどりで細かく点滅するタイプを選んだ。
しかし飾り付けの途中にはしゃぐ様子もなく、出来上がったツリーを真面目な顔で丹念に見つめ、その後イルミネーションのプラグをコンセントから引き抜きツリーごとズルズルと引きずり、別のコンセントにプラグを差し込み、再び点滅し始める光を静かにていねいに見つめ、そして又次のコンセントへと移動した。
ほとんどのコンセントでライトの点滅を確認した息子は、最後にツリーとそれにからみ付いているイルミネーションを物置に押し込め戸びらをきっちり閉めた。
この後判明するのだが、息子は自閉症も併せ持っていた。聾と自閉の重複障害だった。
今まで私が経験してきた生活に付随する社会一般の価値観がことごとく覆される日々の始まりだった。例えばカットバナナは必ず小さい方をボクは選ぶという風に。
息子と暮らし28年になるが、今だに彼の気持ちを推し量るのは難しい。一応、健常と呼ばれる枠内で生きてきた私は息子の目にどう映っているのだろうか。
時々、「ママをいっぱい好きですか」と手話で尋ねる。
すると息子は必ず首を横に振り、「普通。好き」と手話で返してくれる。
これには毎度笑ってしまう。
生きにくい世界に身を置きながら、ケラケラと自身には聞こえぬ声をあげて笑う息子がいる。
そのすぐ横で、母親の私は無神経にもラジオを聞く。
「もうじきクリスマスですね-」と女子アナの明るい声が流れた。
青木奈緖さんからひとこと
通信制エッセー講座の参加者同士、横のつながりを実感する機会は少ないかもしれません。その意味で、この講座作品集のページが大切な役割を果たしています。
私にとっては初めての講座で、皆さん縁あってお集まりの方々と思っています。そして、これは偶然なのか、不思議なめぐり合わせなのか、今回の講座には自閉症の息子さんがいらっしゃるお母様がおふたり参加なさっていました。
もちろん、状況はそれぞれ異なるでしょう。けれど、抑制の効いた書き方はおふたりに通じるものがあり、これまでどれだけ感情の波を超えていらっしゃったかと拝察します。
時間に鍛えられ、思考を重ねた上での文章です。澤井様の持ち味は、クスッと笑ってしまうような明るさですね。その後に、じーんと来ます。
ハルメクの通信制エッセー講座とは?
全国どこでも、自宅でエッセーの書き方を学べる通信制エッセー講座。参加者は毎月1回家族の思い出をエッセーに書き、講師で随筆家の青木奈緖さんから添削やアドバイスを受けます。書いていて疑問に思ったことやお便りを作品と一緒に送り、選ばれると、青木さんが動画で回答してくれるという仕掛け。講座の受講期間は半年間。
次回の参加者の募集は、2021年7月に雑誌「ハルメク」の誌上とハルメク旅と講座サイトで開始予定。募集開始のご案内は、ハルメクWEBメールマガジンでもお送りします。ご登録は、こちらから。
■エッセー作品一覧■
- 青木奈緖さんが選んだ5つのエッセー#2
- 青木奈緖さんが選んだ5つのエッセー#3
- 青木奈緖さんが選んだ3つのエッセー#4
- エッセー作品「普通のクリスマス」澤井 励子さん
- エッセー作品「あなたの心が知りたい」松本 宏美さん
- エッセー作品「最後の靴」田久保 ゆかり
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