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- エッセー作品「最後の靴」田久保 ゆかりさん
「家族」をテーマにしたエッセーの書き方を、エッセイストの青木奈緖さんに教わるハルメクの通信制エッセー講座。参加者の作品から青木さんが選んだエッセーをご紹介します。田久保ゆかりさんの作品「最後の靴」と青木さんの講評です。
最後の靴
「そこにある靴を履かせて」
私が病室に入ると父は開口一番にそう言い外へ行こうとする。父が老人ホームに入所していた頃は、私は月に一度京都から高知に帰省し、外食に連れ出していたので、私を見ると外出できると思っているようだ。
そのときの父は外出はおろか、口から食物を摂取することすらできない状態なのに。
「お父さん、今は栄養を摂って体力がついたら食べられるようになるから、外へはそれから行こうね」と、ありふれた慰めしかできないのがもどかしい。
履かせてくれ、と言った父の靴は老人ホームから持ってきた布製のリハビリシューズである。マジックテープで調節できるコロンとした形の水色の室内履きのような物を、施設のスタッフさんから勧められた時は、ああ、父もついにこんな靴を履く人になったのかと少し切なかった。
いつでも父はそうだった。置かれた状況に文句を言うこともなく受け入れ、そのシューズにも丁寧な字で名前を書き大切にしていた。
スニーカーの時もそうだった。
スニーカーは運動する時以外には履くものでないと思っていたのか、退職後もずっと、通院さえも、革靴で外出していた。
80才を過ぎた頃に、初めは渋々ではあったが、その快適さを喜び愛用してくれた。
素足で遊んだであろう子供時代から、フィリピンへ行った軍靴、教師として40年を過ごした革靴。この靴は、教育者としての父を、ヨーロッパ視察にも連れて行ってくれた。晩年のスニーカー、そして布製のリハビリシューズ。
靴の遍歴は父の人生そのものだ。
『靴は本当に気に入った物を選ぼう。それはあなたをその靴にふさわしい素敵なところへ連れて行ってくれるから』
私の好きなヨーロッパのことわざである。
父の痩せた足に、最後に履かされたのは、真白い足袋であった。
青木奈緖さんからひとこと
最初から最後まで、じっくり構成を考えて書かれた作品です。
人の生活には欠かすことのできない「靴」をテーマにお父様の一生を描いています。リハビリシューズを履くことになるくだりに共感を覚える方も多いのではないでしょうか。
気に入りの靴を履いて、どんどん歩いて行きたくなりますね。
ハルメクの通信制エッセー講座とは?
全国どこでも、自宅でエッセーの書き方を学べる通信制エッセー講座。参加者は毎月1回家族の思い出をエッセーに書き、講師で随筆家の青木奈緖さんから添削やアドバイスを受けます。書いていて疑問に思ったことやお便りを作品と一緒に送り、選ばれると、青木さんが動画で回答してくれるという仕掛け。講座の受講期間は半年間。
次回の参加者の募集は、2021年7月に雑誌「ハルメク」の誌上とハルメク旅と講座サイトで開始予定。募集開始のご案内は、ハルメクWEBメールマガジンでもお送りします。ご登録は、こちらから。
■エッセー作品一覧■
- 青木奈緖さんが選んだ5つのエッセー#2
- 青木奈緖さんが選んだ5つのエッセー#3
- 青木奈緖さんが選んだ3つのエッセー#4
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- エッセー作品「あなたの心が知りたい」松本 宏美さん
- エッセー作品「最後の靴」田久保 ゆかり
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