【シリーズ|彼女の生き様】山田詠美#3
60代の恋愛観…結婚から新しく生まれる関係の築き方
60代の恋愛観…結婚から新しく生まれる関係の築き方
公開日:2023年11月03日
恋愛は出合い頭の事故のようなもの
恋愛って、必ずしも恋人がいるということとは違うんですよね。別にその相手が恋人じゃなくたって、想いを寄せることはあるし、ただ一緒に寝るだけの関係もあると思う。もしくは、人に自慢できる彼だから付き合っているとか>(笑)。
私がデビューしたのはちょうどバブルの真っただ中。付き合う相手は、どれだけ自分にお金を使ってくれる人か、どんな高級車に乗っているとか、自慢できる彼氏の条件のような情報が蔓延する時代でした。
でも、私はそういうこととは無縁なところで、男女の関係を書きたいと思っていました。いわばお金で何でも手に入るという感覚ではなく、お金があっても手に入らないものを描いてきたつもりです。昨今、不倫というと何か罪のように責められ、不道徳と糾弾される風潮もあるけれど、結婚している相手以外と恋愛に陥ることは永遠に無くならないでしょう。ある種の人たちにとっては、糾弾することが気持ちがいいのかもしれない。私ね、断罪する人の根本にあるのは、たぶん「嫉妬」だと思うんです。
けれど、私はそれを気持ちいいとは思わない人たちのために小説を書いています。恋愛の在り方は人それぞれです。世の中では不倫と呼ばれることでも、惹かれ合ってしまうことはしょうがないんじゃないか。恋愛は出合い頭の事故のようなものであり、致し方ないのだということを描いてきたのだと思います。
自分が歩んできた足元に、自分が輝く場所がある
――デビュー作以降、多くの恋愛小説を描き続けてきた山田さん。近作『ファースト クラッシュ』では「初恋」をモチーフに、一人の少年に魅了されていく三姉妹の姿を描いています。
日本では「初恋」といえば、すごく純情でまだ何も知らない人たちがとまどいながら誰かに惹かれていくとか、初心者的なイメージがあると思います。でも、私が知っているアメリカ人は「ファーストクラッシュ」という言葉を使うんです。クラッシュには価値観をぶち壊されるという意味があって、初恋とはまさに出合い頭にぶつかって、粉々に砕かれるようなもの。だから私は、初恋とは人生最初に訪れる発情期だと思っています。
身も心もうずいて、もやもやするような時期を過ごすうちに、やがてそれをぶつける相手が出現する。そして欲望が爆発し、それまでにない熱量をもって一人の人間を想う。それが、私の考える発情期の幕開けです。
そもそも初恋をひそやかに楽しむということは、文学作品とすごく親和性が高いように思うんです。『ぼくは勉強ができない』という作品の中で主人公の高校生の男の子が失恋しかかって、夜の公園でブランコに乗って詩集を読むシーンがあります。詩を読みながら自分の中で変化していくものを見つめ、詩の効用ってこういうことかとやっと気付く。
初恋の味わい方も詩や小説を読むことによって違ってきます。だから、初めて恋をする人たちにも私の本を手に取ってもらえたらいいなと思います。


最初の夫との離婚…愛することが相手の負担に
恋愛は始まりで、結婚はその通過点じゃないでしょうか。結婚がゴールだと思っている人もいっぱいいるけれど、途中で終わりになっちゃう人たちもいるし、死が二人を分かつまで添い遂げる人たちもいます。それに結婚してからまた新たに始まる関係もあるから、最初からゴールとは思わないことですね。
始まりはもちろんお見合いでもいいし、マッチングアプリで出会ってもいい。でも、私はやはり恋愛は不慮の事故じゃないと全然面白くないと思っています。出会って、どうしようもなく惹かれて、そこからどういうふうに関係を築いていくかが恋愛の刺激的で楽しいところ。やがて穏やかなものに移行していく段階に結婚があるような気がします。
――山田さんの最初の結婚相手は、ニューヨーク出身のアフリカ系アメリカ人でした。横田基地の クラブで出会い、恋人同士になって結婚。それから別居、離婚に至るまでの十数年の日々を『私 のことだま漂流記』で回想しています。
そもそも結婚生活は永遠なんて、決して思い込まない方がいいと思いますよ(笑)。
長く維持するために大事なことがあるとすれば、自分を差し置いて、相手のことを考えるということなのかな。
あるときテレビのバラエティ番組を見ていたら、女の子のタレントが「彼にはできれば夜遊んできてほしい」と。“夫は元気で留守がいい”的なことを話していたの。「家に帰って来なくても平気なの?」と男性タレントに聞かれ、「全然、平気」と答えていたけれど、私だったらそんなことはあり得ない。
事故に遭ったんじゃないか、何かに巻き込まれて死んじゃったんじゃないかとか、あれこれ心配してしまうから。でも、そういうふうに考えないとしたら、彼女は本当に人を愛したことがないんじゃないかと思いました。
その結婚相手を大事に思っていたら、いつも帰る時間に帰ってこなければ、何か異常があったのではとすぐ気付くはず。そういうときに自分を差し置いて、相手のことを優先して考えるということは大切だと思います。
私の場合、最初の結婚のときはいろいろ考え過ぎて、相手にとっては負担になっていたと思う。やり過ぎちゃって失敗することもあるんですよね。
結婚生活を終わりにするのは膨大なエネルギーを費やしたけれど、それをくぐり抜ければ何もかもがはかなく感じられ、思い残すことはなかった。すべてが済んだ後、ようやく平穏な会話を電話越しに交わすことができ、私が「いろいろごめんね、そして、ありがとう」と伝えると、彼は「We are done!」と。英語だからカッコよく聞こえるけれど、「やっと終わったね」という言葉に思わず噴き出して、「done!?」と問い返しました。
――長い年月の末に離婚した山田さんは、50代のときに10歳年下の日本人男性と再婚します。
再婚して、もう10年以上がたちました。彼といると、心の底から安らぐんです。もちろん最初の結婚で学んだことはたくさんあるけれど、それでも、失う恐怖や苦しさを思うと、夫とは、やっぱりできるだけ一緒にいたいな、と思う。
変わったのは、一緒にいたいなら、できる限り、お互い笑って楽しい時間を過ごせるように心掛けるということ。一緒にいられる「今」この瞬間を大事にするということですね。
――2022年、山田さんは両親を相次いで亡くしました。山田さんが小説を書き続ける理由の根底には、両親の深い愛を受けとめる重さもあったようです。次回は最愛の両親との関係、そして最期の日々についてお聞きします。
取材・文=歌代幸子 写真=林ひろし 構成=長倉志乃(ハルメクWEB)
【シリーズ|彼女の生き様】 山田詠美《全5回》
- "好奇の目・偏見にさらされても変わらずいられた理由
- 本当の孤独を引き受けたとき最初の一歩を踏み出せた
- 60代の恋愛観…結婚から新しく生まれる関係の築き方
- 愛情あふれる家庭ゆえの息苦しさが原動力にもなって
- 50代で出会い、再婚。大切にしているふたりのルール

山田 詠美
やまだ えいみ

1959(昭和34)年、東京生まれ。明治大学文学部中退。85年『ベッドタイムアイズ』で文藝賞を受賞しデビュー。87年に『ソウル・ミュージック・ラバーズ・オンリー』で直木賞、89年『風葬の教室』で平林たい子文学賞、91年『トラッシュ』で女流文学賞、96年『アニマル・ロジック』で泉鏡花文学賞、2000年『A2Z』で読売文学賞、05年『風味絶佳』で谷崎潤一郎賞、12年『ジェントルマン』で野間文芸賞、16年「生鮮てるてる坊主」で川端康成文学賞を受賞。近著に『私のことだま漂流記』『血も涙もある』、最新刊に『肌馬の系譜』。芥川賞の選考委員を2003年から務める。




