【シリーズ|彼女の生き様】山田詠美#2
本当の孤独を引き受けたとき、最初の一歩を踏み出せた
本当の孤独を引き受けたとき、最初の一歩を踏み出せた
公開日:2023年11月03日
漫画家から小説家へ――自分を見限ることも才能
――サラリーマン家庭の長女として育ち、本を読むことがなにより好きだった少女時代。高校に入ると、文武両道に憧れて文藝部と山岳部へ。大学では日本文学を専攻しましたが、山田さんにはまだ「小説家」への道は見えていなかったといいます。
何かを作る人になりたいとはずいぶん前から思っていたけれど、本当は漫画家になりたかったの(笑)。小説を読むのは好きだったけれど、それ以上に漫画も好きで、自分でも描いていました。でも、絵を描くのはすごく下手だったのね。私は下手だからと自分のことを見限ることも、一つの才能だと思うんですよ。
漫画家にはなれないと早々に悟ったけれど、ストーリーを作るのは得意だったし、文章を書くのも大好きだった。子どもの頃はよく友達の読書感想文やラブレターを代筆していたので、文章修業のトレーニングも積んでいたなと。
私にはもう小説を書くことしかできないという思いがあって、その道へと向かいました。それでも、なまじ本読みなので目が肥えていて、読者の自分からすれば書き手の自分をなかなか許せなくて……。実際に小説を書くまでには長い時間がかかりました。
小説を書き続けることは、本当の孤独を引き受けること
――銀座、赤坂、六本木と夜の街でアルバイトを続け、やがて横田基地がある福生へ。そこで出会った子連れの黒人軍曹と暮らしますが、諍いの絶えない日々が続きます。その渦中で山田さんはようやく原稿用紙に最初の一行目を記しました。〈スプーンは私をかわいがるのがとてもうまい。ただし、それは私の体を、であって、心では決して、ない〉と。
あのとき、私はたぶん本当の孤独というものを感じていたのだと思います。
それと同時に、小説というものは本当に孤独じゃないと書けないんだなと気付かされました。書き続けていくことはその孤独を引き受けることでもあるのだと、感覚的にわかった瞬間でもあったのです。誰も私を助けてくれない、だからこそ自分で自分を救わなければという思いがありましたね。
――そうして初めて書きあげたデビュー作『ベッドタイムアイズ』は文藝賞を受賞します。
この頃から、小説家として自分のやるべきことが明確に見えてきました。目の前にある小説を完成させれば、次のステップへ行けるし、書き終えたらまた次の小説を書けばいいんだと。
それまでは小説を書きたいといっても、何か賞を取って、小説家としてもてはやされたいという不遜な気持ちがなかったわけじゃないんです。嫌な思いをしながら生活のためにバイトを続け、お金が足りないことばかり考えてきたので、有名になってお金持ちになりたいと思うこともありました。
けれど、最初の小説を書き終えた瞬間にそんなことは頭から消えて、余計な欲がまったくなくなった。次はどういう作品を書けばいいだろうと駆り立てられ、自分の進むべき道がはっきり決まったんです。

今でもジャズのレコードを聴くのが好き

心の中で絡まり合ったものを、私の言葉で解きほぐしたい
――初の短編集『ソウル・ミュージック・ラバーズ・オンリー』で直木賞を受賞。山田さんは周囲の雑音からも解放され、創作世界は一気に広がったと振り返ります。
私が小説の中で追求しているのはいつも「人間関係」なんです。男女だったら恋愛になるし、親子だったら家族関係になる。高校生を主人公にした作品では、友達どうしの関わりを通して、スクールデイズのような世界を描きたかった。自分自身も少女時代に戻ったような気持ちで、夢中になって書きました。
私はね、傍から見ていていかにも幸せそうな人間関係にはあまり興味がないの。
本当は誰もがさまざまな葛藤を抱えていると思うから、その心の中でもつれているものを解きほぐしていくような小説を書きたい。今まで言葉にならなかったことを、私の言葉で表現して、読者の人たちに届けたい。そして、それを読んだ人たちに、“ああ、私が人間関係で悩んでいることはこれだったのか”と。そんな気付きにつながればいいなと思っています。
――山田さんにとって、小説家デビューと同じくらいに自分の世界を変えたのは、さまざまな男性と付き合い、友人や家族と交流したことだったといいます。友達が多い方ではないという山田さんですが、どのような関係を築き、今があるのか。次回は恋愛と結婚についてお聞きします。
取材・文=歌代幸子 写真=林ひろし 構成=長倉志乃(ハルメクWEB)
【シリーズ|彼女の生き様】 山田詠美《全5回》
- "好奇の目・偏見にさらされても変わらずいられた理由
- 本当の孤独を引き受けたとき最初の一歩を踏み出せた
- 60代の恋愛観…結婚から新しく生まれる関係の築き方
- 愛情あふれる家庭ゆえの息苦しさが原動力にもなって
- 50代で出会い、再婚。大切にしているふたりのルール

山田 詠美
やまだ えいみ

1959(昭和34)年、東京生まれ。明治大学文学部中退。85年『ベッドタイムアイズ』で文藝賞を受賞しデビュー。87年に『ソウル・ミュージック・ラバーズ・オンリー』で直木賞、89年『風葬の教室』で平林たい子文学賞、91年『トラッシュ』で女流文学賞、96年『アニマル・ロジック』で泉鏡花文学賞、2000年『A2Z』で読売文学賞、05年『風味絶佳』で谷崎潤一郎賞、12年『ジェントルマン』で野間文芸賞、16年「生鮮てるてる坊主」で川端康成文学賞を受賞。近著に『私のことだま漂流記』『血も涙もある』、最新刊に『肌馬の系譜』。芥川賞の選考委員を2003年から務める。




