主婦から直木賞作家に!桜木紫乃が語る自然体な生き様
2020.10.222021年12月31日
思い出のフォークジャンボリー
20歳の自分に出会う旅
全日本フォークジャンボリーの思い出が、心の片隅にあります。会場でどんな話をしたんだろう。20歳の私は、何を考えていたんだろう。これからのために、50年前を振り返り、記憶の断片をつなぎ合わせたいと思います。
全日本フォークジャンボリー
全日本フォークジャンボリーは、岐阜県中津川市・旧坂下町【椛の湖】(はなのこ)で、1969年・1970年、1971年に開催されました。日本初の野外音楽フェスティバルといわれています。私が行ったのは、1971年8月。ちょうど50年前になります。月日が流れ私は70歳になりました。
1971年の夏【椛の湖】へ集まった
20歳の私は、友人Fさんと東京から電車で向かいました(臨時列車も出たらしいです)。坂下駅まで、車で迎えに来てくれましたが、誰だったのかも思い出せませんでした。夫と話す中、次第に思い出しましたが、誰とどんな連絡を取り合って集まったのかはまったく不明です……。
ともかく、私たち女子2人と男子5人(全員20歳)は椛の湖へ集まりました。中に夫もいたのですが、付き合ってもいません。良く知らない人もいる。どうしてこのメンバーなのかも分からない。なんて気楽なんでしょう。
当時、人口が約6000人の坂下町へ、第1回は約2200人・第2回は約8000人・私たちの行った第3回は約2万人の観客数だったといいます。スゴイでしょう!
開放的な雰囲気で、大勢の若者がひしめき合っていたのは記憶にあります。
こんな写真を見れば、驚くでしょう! 安心してください。私たち女子2人は、車の中で休みました。男子は軽トラックの荷台や寝袋で寝たと言っていました。それなりに気配りをしてくれたんですね。ありがとうございました。
私たちは、それぞれのアルバムをめくり、フォークジャンボリーの写真を見つけました。カメラを持っていない私は誰かにもらったに違いないですが、誰からもらったのでしょうね。
感動は時を超えて
私は3歳から、近所にあった教会の保育園に通いました。信者ではありませんが、中学生の頃まで日曜日には教会に足が向きました。そんな私、ミュージシャン岡林信康(おかばやし・のぶやす)を知った時、現代のキリストかと、心ひそかに思ったものです……。
夫が大事にしていた、第2回のLPレコード3枚と、第3回のLPレコード3枚があります。実況録音で、臨場感タップリです。聞いていると、50年前のレコードから、出演者それぞれの思いが感じられます。フォークジャンボリーに出かけた頃の自分、写真に残る友人たち、容姿も変わりました。それに世の中も。
♪ 命のスペアーはありませんよ~♪ と歌う 加川 良
先日、YouTube で、加川 良さんの演奏姿をあれこれと見ているうちに、2017年に亡くなったと知り、驚き、絶句しました。
『命のスペアーはありませんよ』と歌う加川 良(かがわ・りょう)さんの曲も、深く心に残っています。次は、加川 良をはじめ、岡林信康・遠藤賢司・小室等と六文銭・五つの赤い風船・藤原秀子・吉田拓郎・高田渡・はっぴいえんど(あーっ、書ききれない)のみなさんの曲をもっと思い出してみようと思います。
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