新型コロナウイルスと共存する生活

コロナ禍で自分の人生を振り返るようになりました

公開日:2020/11/17

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新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐため、できるだけ自宅で過ごすようにしているスミレさん。2020年も終わりに近づき、今年あったことを振り返りつつ、心の整理をしています。人生は、悩んだり、前向きになったりの繰り返しのようです。

画廊喫茶に出展する絵

誰も思うようには生きられないのだろうか

秋の空(鱗雲)
秋の空(鱗雲)

この数か月、何をしてたのだろう。ただ目に見えないウィルスを恐れてあふれる情報に流されて。どんな状況でも平常心で過ごせたらいいのにと思う。

周りの人の中には    変わらぬ日常を送ってるように見えて(実際はそう見えてるだけかもしれないが)、何かの結果を出してる人もいて、「偉いなぁ、すごいなぁ」と思う。私もコロナにも負けずがんばってる。比較するのはやめよう。

その人にはその人なりの悩みがあるかも知れない。

以前「空の巣症候群」だと言っていた人がいた。空になった穴を埋められたのだろうか。子どもは自立し、やがて親から離れて行く。喜べない自立だったのだろうか。親が自立しないのだろうか。子育てには正解がないのだろう。寂しさはいつもついてくる。

あるときに話をした。どうも空になった穴を埋めたようだった。その人の明るい声を聞いて、「よかった」と、単純に喜べた。

私は父を亡くしたとき、何かにつけ悲しかった。いまだに思い出し涙ぐむときがある。
喪失感がいまだに続いています。

「私の延命治療はしないで」私はエンディングノートにそう記入しました。

父が入院していたとき、酸素吸入をするために鼻に管を通して、苦しそうだった。すぐにも装置を外してあげたい衝動に駆られた。かえって命を縮めているように感じた。「消耗してるじゃないか」。何も言えない父を前にして、自分にはどうすることもできなかった。今もその姿が脳裏に焼き付いていてふっと浮かんでくる。誰でも時が解決してくれると信じて過ごすしかないのだろう、時が癒やしてくれるとすれば、感情は自分自身で解決するしかない。もういないんだと寂しさとともに思う。

私の冷え対策、乾燥対策

熊本城

二ノ丸広場から見た熊本城のスケッチ
二ノ丸広場から見た熊本城のスケッチ

手先、足先が痛いほど冷えて、夜は布団に入ってもなかなか寝つけない冷え性の私。何とかしなくてはと、いろいろと工夫をしています。

まずは、一年中ショウガを食べています。生姜湯にユズを入れると香りがよくなります。ショウガの酢漬け(薄切りにしたのを酢に漬けるだけ)は冷蔵庫に常備しています。お料理にもよく使っています。細かく切って、ちらし寿司、冷奴、湯豆腐のトッピングにして食べています。

冷え症でどうしても眠れないときは、100円均一の店で購入した道具に足を乗せ、ゴロゴロと転がしてマッサージをします。すると、足裏がぽかぽかしてきます。

他には、寝る前に、腹筋、腕立て伏せ、かかと上げ、足振り(90度くらいまで)を一通りしてきます。体を動かすと、体が温まって眠りやすくなります。

体温を上げてから、布団に入るようにしています。腹巻を着けて寝ると、寝冷えしないし、なぜか安心感あり、ほっとします。いつもアンカが手放せなかったけど、ありがたいことに今はほとんど要らなくなりました。

私の乾燥対策

乾燥する季節になりました。お風呂の入浴剤は必ず保湿成分入りを選んでいます。顔は「ナノスチーマー」で乾燥してると感じたら保湿するようにしています。肘、かかとにはケラチナミンクリームを塗り、角質が硬くならないように予防しています。

空気が乾燥する季節は手入れ手間がかかります。大変だけど、ひと手間かけると気分よく過ごせるので、そこは努力してやっています。手を抜くと、すぐに粉ふき状態になる厄介な肌なんです。

加湿器はあまりコロナに効果がなさそうですね。この頃、マスク生活でシミがマスク状に広がってるのに気が付きました。早くマスクが外せるようになって欲しいというのが切実な願いです。息が詰まりそうです。呼吸を開放してあげたい。

棒庵坂
棒庵坂
坂の入り口の案内板
坂の入り口の案内板

いつの間にか高齢者

気が付けば、自分も高齢者になっていました。先日、ハルトモライターのひよっこさんが「マイナポイントの申請方法」について書いてくださったおかげで、我が家もマイナポイントの申請がやっとできました。記事の中で、ハルトモライターさんの失敗談まで詳しく書いてくださったので、自分で申請するときに、わかりやすかったです。ここでお礼を申し上げます。ありがとうございました。

コロナがなかったら、違っていたのだろうか。
「もしも」の人生があれば。
あのとき、違う道を選んでいたら……。

コロナ禍の日々の中で、今までの人生を振り変えるようになりました。結局、成り行きに任せるしかないのだろうと思いながら。

不安はあるけど、学び続けたい

今年も残り少なくなり、家族と年賀状の話をしました。年々営業の年賀状が増えている反面、長い間お付き合いした方から「年賀状終い」のはがきが来るようになりました。

年に一回しか挨拶しないけど、「元気ですか、明日手術するんです。半月板が真っ二つに割れててね、痛みを今まで我慢していたけど」って。久しぶりのお便りに、うれしい気持ちになりました。

手術の前日の何ともいえない不安、わかります。「お大事になさって」と言いながら、やっぱり送れるうちは、年賀状を続けようと思いました。

亡き父がよく言っていたものです。
「らちゃアカン! 何もでけんようになった(「らちが空かない! 何もできなくなった」」と。

デジタル化が進むのについていけるかしら。ウィズコロナの時代は不安がいっぱいです。
Go Toトラベル、Go Toイート、Go To商店街など、政府が主導する経済政策が目白押しです。でも、重い腰が上がりません。生きてるだけでももうけもんと思って、日々暮らしています。

コロナ禍の日々の中でも面白味を見つけつつ、学び続けるつもりです。画廊喫茶に展示する作品がやっと完成しました。

今回もお読みいただき、ありがとうございました。

画廊喫茶に出展する絵を額に入れました
画廊喫茶に出展する絵を額に入れました


スミレさんの記事

スミレ

高校の時に美術クラブに入り 油絵を始める。結婚し家庭に入り油絵はすっかり忘れて過ごしていたが、定年後に時間ができて絵を描きたいと思い、カルチャーセンターへ。だんだん面白くなり最近では展覧会に応募し、大作にも挑戦しています。

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