人生100年時代の働く女性へジタバタのすすめ
2024.06.222024年07月19日
人生後半の生き方指南・人付き合い編
坂東眞理子さん「思い込み」を手放して新しい生き方を
70代の現在も昭和女子大学総長を務める坂東眞理子さん。50代、60代と女性が新しいステージに一歩踏み出すのを阻むのは、実は女性自身が無意識にとらわれている「思い込み」が原因では?と指摘。思い込みにとらわれず生きるコツを教えてもらいました。
坂東眞理子さんのプロフィール
ばんどう・まりこ
1946(昭和21)年、富山県生まれ。東京大学卒業後、総理府(現内閣府)に入省。内閣総理大臣官房男女共同参画室長、埼玉県副知事、在オーストラリア連邦ブリスベン日本国総領事などを歴任。2001年、内閣府初代男女共同参画局長を務め、03年に退官。04年、昭和女子大学教授、同大学女性文化研究所長。07年に同大学学長、14年理事長、16年から総長に。ベストセラーとなった『女性の品格』(PHP研究所刊)の他『女性の覚悟』(主婦の友社刊)など著書多数。
思い込んでいるのは、ほかならぬ女性自身かも
「私は女だから」「もう年だから」「人の迷惑になるから」…… そうした思い込みに知らず知らずのうちにとらわれて自分の世界を狭めてしまったり、人間関係に疲れてしまったりしていませんか? 「そんなこと私には関係ない」と思うことも、実は思い込みかもしれない、と坂東眞理子さんは言います。
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「今日は自分を元気に見せたいから、赤い服を選びました」
そう穏やかに笑って迎えてくれたのは、昭和女子大学総長で、『女性の品格』などの著書でも知られる坂東眞理子さん。著書『思い込みにとらわれない生き方』では、女性たちに向けて、無意識のうちにとらわれている思い込みから自由になろうと訴えています。
「書こうと思ったきっかけは、2021年に森喜朗元首相が『女性は話が長い』という意味合いの発言をしたことです。
当時、森さんに対して思い込みや偏見にとらわれているという批判が出ましたが、きっと同じような考えを持っている人は他にもたくさんいるだろうなと思いました。
そして実は女性たち自身も、『女だからしょうがない』とか『母親だからこうあるべき』という思い込みにとらわれているんじゃないかと思ったんです」
無意識に「思い込み」にとらわれていると気付いて
こうした無意識の思い込みは、程度の差こそあれ誰にでもあって、「知らないうちに自分のやる気や可能性を抑えてしまう」と坂東さんは指摘します。
「『もう年だから』というのも思い込みの一つです。年を取ると、体が弱ってくる人や、いろんなことができなくなる人がいる一方で、同じ年齢でも、まだまだ元気な人、頭が柔らかい人がたくさんいます。
それなのに『いい年をしてしゃしゃり出てはいけない』とか『今さらこんなことを言っても若い人に嫌がられるから』と、なんとなく遠慮してしまう。自分で自分を抑えつけてしまうのは、思い込みの一番悪い作用だと思います」
坂東さんによれば、思い込みによって起こるさらなる弊害が、「自分の許容できる世界が狭くなってしまい、そこから外れる人が気に入らなくなってしまう」こと。
例えば自分が思い込んでいる基準から外れている人に、わがままだと腹を立てたり、わかり合えないと落ち込んだり……。そこから解き放たれるには、さまざまな人に触れ、経験を重ね、「いろいろな人がいるんだ」「別の考え方もあるんだ」と気付くことが大切だと言います。
人に腹を立てたり妬んだりしそうになったら…
「『私は私、人は人』と思うことができれば、人に対して腹を立てたり、妬んだりしなくて済みます。
けれど、悟りすました偉いお坊さんでも嫉妬心から解放されるのは難しいというくらい、『私は私、人は人』を実践するのは大変なことなんですね。私も含め多くの人は聖人君子じゃありませんから、目の前にうまくいっている人がいたら、『どうしてあの人はうまくいくのに、自分はダメなんだろう』と、つい思ってしまう。
そんなとき私は『徳あるは讃(ほ)むべし、徳なきは憐れむべし』とつぶやくようにしています。これは禅僧・道元さんの言葉です。
『徳なきは憐れむべし』は、嫌なことを言ったりする人に腹を立てるのではなく、まだ人間ができていないな、かわいそうだなと思うこと。こちらは割と誰でもできると思います。
難しいのは『徳あるは讃むべし』。幸福な人や成功している人を妬むのではなく、素晴らしいなと受け止めて、褒めることです。私はうらやましいな、悔しいなとつい思ってしまいそうなとき、“いけない、いけない”とこの言葉を唱えて、自分の気持ちが悪い方にいくのに歯止めをかけています」
お互いに負担にならない「恩送り」という考え方
人付き合いを円滑にするために、もう一つ、坂東さんが心掛けているのが「恩送り」。受けた恩をその人に返すのではなく、できるときに別の人に返せばいいという考え方です。
「私が30代の頃、留学したアメリカでお世話になったのが当時70歳だったホストマザーのメアリーでした。手作りの料理をごちそうになり、息子さん家族やさまざまな人たちと出会えて、これがアメリカの草の根の暮らしなんだな、なんて親切なんだろうと感動することが多かったですね」
「1年たって帰国するとき、メアリーに『お世話になりっぱなしで何も恩返しできない』と言ったら、彼女が『私に恩を返さなくてもいい。いつかマリコの助けを必要とする人がいたら、そのときに助けてあげればいいのよ。それは私に恩返しするのと同じことなの』と言ったんです」
「素敵ですよね。恩を受けた相手にお返ししなければと思うと負担になるし、やりとりは二人の間で完結してしまいます。でも、できるときに別の人にどんどん恩を送っていけば、世の中がよくなっていく。
メアリーも『私が幸せに生活できるのは社会のいろいろな人たちのおかげ。一人一人に恩返しできないから、自分のやれることをやれるときにする』と言っていました。メアリーとは彼女が102歳で亡くなるまで交流が続いたんですよ」
「老後は大変」というのもまた思い込みの一つ
メアリーさんをはじめ先輩女性の生き方は、坂東さんの道標になっているといいます。
「私の祖母は二人とも72歳で亡くなっています。当時としては天寿をまっとうした感じでしたが、その娘世代である母は92歳まで長生きしました。
母は70代半ばから『親より長く生きてしまった』と戸惑い、72歳で孫が生まれたときも『この子が小学校に入るまで生きられるか……』なんて言っていましたが、結果的に成人式まで見ることができ、とても喜んでいました」
「そんな母を見ているので、私はまだまだ大丈夫だろうと勝手に思っていますが(笑)、やはり手本があることは大事ですね。そして高齢期を必要以上に悲観しないことだと思います。
介護や寝たきりを不安に思う気持ちもわかりますが、『老後は大変』というのもまた思い込みの一つ。元気に長生きしている人はいっぱいいるわけですから、私たちはそういう情報にもっと目を向けた方がいいんじゃないかなと思います」
『思い込みにとらわれない生き方』
1540円/ポプラ社刊
「思い込みがない」こそ、一番の思い込み! 家庭や職場、近所であなたを縛っている「アンコンシャス・バイアス(無意識の思い込み)」から自由になり人間関係をすっきりさせる一冊。
取材・文=五十嵐香奈(ハルメク編集部)、撮影=中西裕人
※この記事は、雑誌「ハルメク」2023年4月号を再編集しています。