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- がんばれのんさん!良映画「私をくいとめて」レビュー
50代コラムニストの矢部万紀子さんによる月2回のカルチャー連載です。「朝ドラ」に関する本も上梓している矢部さんが、「親戚のおばちゃん」のような気持ちで応援しているのんさん(改名前:能年玲奈)の主演映画「私をくいとめて」レビューします。
のん主演映画「私をくいとめて」をレビュー
のんさんの主演映画「私をくいとめて」を見ました。彼女の「親戚のおばちゃん」のつもりなので、公開してすぐに行きました。のんさんは現実より少し年上、31歳の女性・黒田みつ子をひたむきに、巧みに演じていました。アップになるたび、「完璧な目だ」と感動しました。二重まぶたが、絶妙に美しいのです。
みつ子はいつも、独り言を言っています。そこがこの映画の骨格なので、その話は後にします。心の中で、みつ子(とのんさん)に「がんばって」と言いながら見ました。帰り道、「人は人に傷つけられるけど、傷を癒やしてくれるのも人だなー」と思いました。そして、「私、励まされたんだ」と気付いたのです。そういう良い映画でした。
理不尽にもテレビドラマから消された能年玲奈さん
なぜ私はのんさんの「親戚のおばちゃん」になったのか、少し説明します。彼女がブレイクしたNHKの朝ドラ「あまちゃん」(2013年)は、マイ朝ドラ・ベスト3に入る名作です。すごくキュートな能年ちゃんでしたが、その後、のんと改名します。所属していた事務所との確執からだと報じられました。
それから彼女は、テレビドラマに出なくなりました。映画も同様です。アニメ映画「この世界の片隅に」(16年)でヒロインの声を担当しました。名作でしたが、画面に彼女は映りません。あんなにかわいく才能のある、伸び盛りの女性が活躍できない。理不尽にも程があると憤りました。親戚のおばちゃんへの第一歩です。
19年7月、公正取引委員会がジャニーズ事務所に注意したことが話題になりました。SMAPの元メンバー3人を出演させないようテレビ局に圧力をかけたなら、それは違反ですよ、そういう注意でした。直後に話題になったのが、のんさんのマネージメント会社の社長のFacebookです。「テレビ局の若い編成マンから出演依頼があっても、話が進むうちに上から潰される」といった内容でした。親戚のおばちゃん心に、ますます火がつきました。
以来、のんさんを追いかけ、初舞台「私の恋人」(19年)にも馳せ参じました。作・演出は「あまちゃん」で共演した渡辺えりさん。のんという女優を評価したから、起用する。えりさんの心意気に感謝しながら、大ベテランに食らいついてくのんさんの姿を目に焼き付けました。
30代独身女・みつ子が持つ複雑さが見どころ
と、長くなりました。映画の話に戻ります。みつ子の独り言ですが、実は頭の中の「A」との会話なのです。脳内での会話でなく、「ねー、A―」と声に出して話しかけるのです。Aは自分でもあるわけで、みつ子を傷つけず、適切なアドバイスをします。「お一人さまはいいけど、大人女子って、無理。黒い白馬みたいなもんでしょ」と毒づいても、「そうなんだー」「そうかもねー」と軽くいなします。
そんなみつ子が好きになるのが、営業マンの多田くん(林遣都)。この恋がゆっくりゆっくり進む様子も描かれます。ほっこりさせてくれますが、同時に見えてくるのがみつ子の複雑さです。人は誰でも複雑で、みつ子の複雑さもその範疇(はんちゅう)ではあります。が、賢く優しいみつ子の気持ちが、Aとのやりとりではっきり形になります。そしてだんだんとわかってきます。複雑さとはつまり、誰にもある悲しみや寂しさの元なのだ、と。
複雑はしんどく、単純は気楽だ。複雑がもたらす感情はつらいけど、きっと人生を深めてくれる。それが人ってもんで、しんどさがきっと明日につながる。そんなふうに思えてくるのです。最初の方に「励まされた」と気付いたと書きました。つまり、そんなことです。
「一人温泉」に行ったみつ子が、感情を爆発させるシーンが秀逸でした。大浴場に併設された舞台でのお笑いショー。女性芸人のシュールなコントが終わると、酔った男性客が舞台に上がって彼女に抱きつくのです。みつ子は怒り、「やめなさい」と言おうとしますが、できません。
外に出て、泣きながらAと会話します。自分は芸人さんに何もしなかった。その後悔の言葉から、会社でのセクハラ体験の話になります。相手は上司で今も会社にいる、仕事のできる女性がヘッドハントされてきたから、抜かれるのは時間の問題、でもその女性を心から歓迎できない自分もいる。Aにそうぶつけるのです。有能な先輩をストレートに認められない。職場でのみつ子に自分が重なり、胸がいっぱいになります。
みつ子のお一人さまライフは、ファッションも部屋も素敵です。だけど、そんな日々だって、いろいろあるのです。だから、浴衣姿で泣くみつ子が心に染みました。多田くんとの恋、そこで見せるみつ子のためらい。それもわかるから、泣けてきます。
最後に、お楽しみを一つ。Aの声を出しているのは、人気急上昇のあの俳優です。途中でわかる方もいるかもですが、私はエンドロールで「あ!」と思いました。誰なのか、ぜひ劇場でお確かめください。
『私をくいとめて』 大ヒット公開中!
原作:綿矢りさ「私をくいとめて」(朝日文庫/朝日新聞出版刊)
出演:のん 林遣都 臼田あさ美 若林拓也 前野朋哉 山田真歩 片桐はいり/橋本愛
監督・脚本:大九明子
音楽:髙野正樹
劇中歌 大滝詠一「君は天然色」(THE NIAGARA ENTERPRISES.)
製作幹事・配給:日活 制作プロダクション:RIKIプロジェクト
企画協力:猿と蛇
©2020『私をくいとめて』製作委員会
矢部万紀子(やべ・まきこ)
1961年生まれ。83年、朝日新聞社に入社。「アエラ」、経済部、「週刊朝日」などで記者をし、書籍編集部長。2011年から「いきいき(現ハルメク)」編集長をつとめ、17年からフリーランスに。著書に『朝ドラには働く女子の本音が詰まってる』(ちくま新書)、『美智子さまという奇跡』『雅子さまの笑顔 生きづらさを超えて』(ともに幻冬舎新書)
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