声なき声に耳を澄ますとき…

映画レビュー|「52ヘルツのクジラたち」

公開日:2024.02.28

女性におすすめの最新映画情報を映画ジャーナリスト・立田敦子さんが解説。今回は、2021年に本屋大賞を受賞した作品が原作の『52ヘルツのクジラたち』。周波数の違う声に耳を澄ますことの大切さを訴える本作は、痛ましさの中にも光を感じられる作品だ。

映画レビュー|「52ヘルツのクジラたち」
(C)2024「52ヘルツのクジラたち」制作委員会

「52ヘルツのクジラたち」

「52ヘルツのクジラたち」
(C)2024「52ヘルツのクジラたち」制作委員会

クジラの鳴き声はそのほとんどが10〜39ヘルツだが、稀に52ヘルツという高い周波数で鳴くクジラがいるのだという。

他のクジラにはその鳴き声が聞こえないため「世界で最も孤独なクジラ」という異名を持つ。韓国のグループBTも「Whalien(ウェイリアン)52」という曲でもその孤独を歌っているので、知る人ぞ知るトリビアなのだろう。

2021年に本屋大賞を受賞した町田そのこ(まちだ・そのこ)のベストセラー小説を原作とする「52ヘルツのクジラたち」の登場人物たちは、タイトル通り、孤独なクジラに似て、平静を装いながらも、心の中で誰にも届かない魂の叫び声を上げている。

主人公の貴瑚(きこ/杉咲 花<すぎさき・はな>)は、母親と養父から虐待を受けて育った。酷い仕打ちに心の中で泣き叫びながらも、愛すべき家族だからという理由で、その呪縛から抜け出せないでいた。

そんな彼女を救ってくれたのは、親友の同僚である“アンさん”こと安吾(あんご/志尊 淳<しそん・じゅん>)だった。やがて自立し、恋人(宮沢氷魚<みやざわひお>)もできた貴瑚だが、ある日、幸せな日々を一変させるような出来事が起こる。

毒親による児童虐待、トランスジェンダーといった今日的なテーマを内包するこの物語は、“声を上げられない”あるいは、SOSを発していても“声が届かない”人たちの苦しみをすくい上げる。と同時に、周波数の違う声に耳を澄ますことの大切さを問いかけてくる。

安吾との不幸な出来事の後、東京を離れ貴瑚は大分へ移り住み、そこで親からの虐待により言葉を失った少年に出会うが、彼の声なき声を聞き逃すことはしなかった。

魂の叫び声は、きっと誰かに届く。痛ましさの中にひと筋の希望も見える作品だ。

52ヘルツのクジラたち

東京から、海辺の町にある亡き祖母の家に越してきた貴瑚(杉咲 花)は、ある日母親から「ムシ」と蔑まれ、虐待を受けている少年に出会ったことで、同じように虐待を受け、搾取されてきた自らの人生を振り返る。

監督/成島 出 
原作/町田そのこ『52ヘルツのクジラたち』(中央公論新社刊)
出演/杉咲 花、志尊 淳、宮沢氷魚、小野花梨、桑名桃李、余 貴美子、倍賞美津子他
製作/2024年、日本 配給/ギャガ
20243月1日(金)より、TOHOシネマズ 日比谷他、全国公開
https://gaga.ne.jp/52hz-movie/

今月のもう1本「落下の解剖学」

今月のもう1本「落下の解剖学」
(C)LESFILMSPELLEAS_LESFILMSDEPIERRE

フランスの山間の街、転落か自殺か他殺か。夫の不審死の容疑者となったドイツ人作家の妻を巡る法廷劇。

サスペンス調の展開ながら、暴かれていく夫婦の不和、事故で視覚障害を負った息子との関係など、結婚や家族、女性の自立、セクシャリティといった今日的なテーマの核心に踏み込む見ごたえのある大人のドラマ。

カンヌ国際映画祭で最高賞のパルムドールを受賞した他、米国の映画賞でも受賞多数。

落下の解剖学

監督/ジュスティーヌ・トリエ
出演/ザンドラ・ヒュラー、スワン・アルロー、ミロ・マシャド・グラネール、アントワーヌ・レナルツ他
製作/2023年、フランス 配給/ギャガ
2024年2月23日(金・祝)よりTOHOシネマズ シャンテ他、全国順次公開
https://gaga.ne.jp/anatomy/

文・立田敦子

たつた・あつこ 映画ジャーナリスト。雑誌や新聞などで執筆する他、カンヌ、ヴェネチアなど国際映画祭の取材活動もフィールドワークとしている。エンターテインメント・メディア『ファンズボイス』(fansvoice.jp)を運営。

※この記事は2024年3月号「ハルメク」に掲載された内容を再編集しています。

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