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2022.08.262022年09月25日
古アパートで見つけた、ささやかなシアワセ
【映画】この秋に見るべき「川っぺりムコリッタ」
女性におすすめの最新映画情報を映画ジャーナリスト・立田敦子さんが解説。今月の1本は、「かもめ食堂」のヒットで知られる荻上直子監督が原作小説と脚本も手掛けた、ささやかなシアワセを見つめ直す作品です。
「川っぺりムコリッタ」
北陸の小さな町。川沿いに立つ古いアパート「ハイツムコリッタ」に越してきた青年・山田(松山ケンイチ〈まつやま・けんいち〉)は、イカの塩辛工場に勤め始め、人とほとんど関わることのないのんびりとした生活に小さな喜びを感じていた。しかし、隣に住む島田(ムロツヨシ)が風呂を借りにくるなど、山田の静かな生活に侵食してくるようになる。
夫を亡くしたシングルマザーで大家の南(満島ひかり〈みつしま・ひかり〉)、息子を連れて墓石の訪問販売をしている溝口(吉岡秀隆〈よしおか・ひでたか〉)といったクセのあるアパートの住人たちとも、不本意ながら交流を持つようになる山田。そんなある日、山田の元に疎遠だった父の訃報が届く。
「かもめ食堂」のヒットで知られる荻上直子(おぎがみ・なおこ)監督が原作小説と脚本も手掛けた本作は、一見、ほっこりする人情ドラマのよう。“イカの塩辛をたっぷりのせたほっかほかの炊きたてご飯”や好きなときにのんびりと入れるお風呂といった、ささやかなシアワセを見つめ直すやさしい時間が流れる。
一方でストーリーの根底には「死」や「孤独」といった無骨なテーマもしっかりと流れる。豪華なペット葬をする人もいれば、引き取り手のいない無縁仏もある世の中で、母親に捨てられ、生きていることの意味を見失っている山田が、実父の孤独死をどう受け止めるのか。
“ムコリッタ”とは、仏教における時間の単位(1/30日=48分)で、ささやかな幸せを表現したのだそう。コロナ禍によって人と人との距離や関係性を意識するようになった今、タイムリーともいえる。「ご飯ってね、ひとりで食べるより誰かと食べたほうがおいしいのよ」。シンプルにして力強い言葉が、いつまでも胸に響く。
■「川っぺりムコリッタ」
北陸の塩辛工場で仕事を見つけ、川のほとりに立つアパートで生活を始めた山田。家族もなく、これといった生き甲斐もない彼は、ひっそりと暮らすことだけを望んでいるが、やがて彼の秘密が明るみに出てしまう。
監督・脚本/荻上直子
出演/松山ケンイチ、ムロツヨシ、満島ひかり、田中美佐子、薬師丸ひろ子、笹野高史、緒形直人、吉岡秀隆他
製作/『川っぺりムコリッタ』製作委員会
配給/KADOKAWA 9月16日(金)より新宿ピカデリー他、全国公開
https://kawa-movie.jp/
今月のもう1本「3つの鍵」
ある夜、暴走した1台の車がアパートの1階に突っ込む。運転していたのは3階に住む裁判官一家の息子だった。一方、2階の若い妻は、夫の不在により不安を抱えながら出産を迎え、1階の夫婦が預けた9歳の娘が隣家の老紳士とともに行方不明になり、夫はパニックに陥る……。
同じアパートに住む3つの家族の痛みに満ちた人生の機微を描く人間ドラマ。イスラエルのベストセラー小説をイタリアの巨匠ナンニ・モレッティが映画化。
■「3つの鍵」
監督・脚本/ナンニ・モレッティ
出演/マルゲリータ・ブイ、リッカルド・スカマルチョ、アルバ・ロルヴァケル、ナンニ・モレッティ他
製作/2021年、イタリア・フランス
配給/チャイルド・フィルム
9月16日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町他、全国公開
https://child-film.com/3keys/#
■文・立田敦子
たつた・あつこ 映画ジャーナリスト。雑誌や新聞などで執筆する他、カンヌ、ヴェネチアなど国際映画祭の取材活動もフィールドワークとしている。エンターテインメント・メディア『ファンズボイス』(fansvoice.jp)を運営。
※この記事は2022年10月号「ハルメク」の連載「トキメクシネマ」の掲載内容を再編集しています。
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