通信制 青木奈緖さんのエッセー講座第3期第1回

エッセー作品「山高帽」安達じゅんこさん

公開日:2021.12.02

「家族」をテーマにしたエッセーの書き方を、エッセイストの青木奈緖さんに教わるハルメクの通信制エッセー講座。参加者の作品から青木さんが選んだエッセーをご紹介します。安達じゅんこさんの作品「山高帽」と青木さんの講評です。

「山高帽」
エッセー作品「山高帽」安達じゅんこさん

山高帽

先日散歩をしていて帽子の話になった。
そして思い出した。私の父の帽子を。
父は冬にはいつもオーバーコートに黒の山高帽をかぶって外出していた。
チャップリンやポアロがかぶっているあの帽子だ。

痩せて華奢な体つきで、頭は子供のように小さくてサイズがなく、とても苦労をしていた。
銀座の帽子専門店でようやく自分サイズの帽子を見つけたと、その1つだけの帽子を大切にいつもかぶっていた。
あの時代、山高帽をかぶる人はいないわけではないが、そんなに多くはなかった。
帽子には父のポマードの匂いが浸み込んでいた。

「どうしていつも帽子をかぶるの?」と子供のとき聞くと
「ほら、頭にあんまり毛がないから寒いんだよ」と頭を下げて見せながら答えた。
「へー、頭がさむいの?」子供には実感がわかなかった。

近所の人に会うと「は、どうも、お寒いですね」と帽子を3本指で斜め上に持ち上げてお辞儀をする。
近所の人に「お歩きになる姿はいつも背筋が伸びてさっそうとしていらっしゃいますね」と言われていたが、軍隊に行ったからだそうだ。

ある時軍隊で理由もなく皮のスリッパで頭を叩かれ、片耳が聞こえなくなった。
位が下だといろいろないじめがあるからと、奮起して試験を受け、位が上になったら、そんなことはなくなったと言っていた。

父から恨みや愚痴は聞いたことが無かった。
「暑くて勉強できないよ。クーラー買おうよ」と私が泣き言を言うと「心頭滅却すれば火もまた涼し」と返された。
「カラーテレビ にしようよ」と言うと「色を想像して見ればいいんだよ」と。
いよいよ店頭から白黒テレビがなくなる頃にようやく我が家はカラーになった。

父は1歳の時に父親を亡くし、母と2人で寒い東北で暮らした。
小学生の時から母が仕事から帰るまでに井戸から何往復もしてお風呂に水をいっぱいにしておいたり、お米を研いでおいたりしたそうだ。
友達とさようならした後、冬の暗い部屋で母の帰りを待つのは寂しかったとも言っていた。

父が「心頭滅却すれば火もまた涼し」「色を想像して見ればいいんだよ」と言うのを聞いて、そんな精神論で普通の人はやっていけないよ、変なところで何故頑固なんだろうかと思っていた。
父の人生を見て、戦後の豊かな生活をもったいないと思う気持ちや、便利なことだけが良いのではないという気持があったからかなと今は思う。

 

青木奈緖さんからひとこと

山高帽の似合うお父様なのですね。「は、どうも、お寒いですね」と帽子のつばを三本指で斜め上に持ち上げて挨拶なさる描写など、人となりや時代がありありと浮かびます。

こんな格好のアイテム、書かない手はありませんね。

帽子だけで一作品書けてしまえば楽ですが、なかなかそうはいかないでしょう。後半にかけて、思い出を広範囲に広げずに、作品をどう着地させるかだけに集中しても良いくらいです。

 

ハルメクの通信制エッセー講座とは?

全国どこでも、自宅でエッセーの書き方を学べる通信制エッセー講座。参加者は毎月1回家族の思い出をエッセーに書き、講師で随筆家の青木奈緖さんから添削やアドバイスを受けます。書いていて疑問に思ったことやお便りを作品と一緒に送り、選ばれると、青木さんが動画で回答してくれるという仕掛け。講座の受講期間は半年間。

現在第3期の講座開講中です。次回第4期の参加者の募集は、2022年1月に雑誌「ハルメク」の誌上とハルメク旅と講座サイトで開始します。募集開始のご案内は、ハルメクWEBメールマガジンでもお送りします。ご登録は、こちらから

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ハルメクならではのオリジナルイベントを企画・運営している部署、文化事業課。スタッフが日々面白いイベント作りのために奔走しています。人気イベント「あなたと歌うコンサート」や「たてもの散歩」など、年に約200本のイベントを開催。皆さんと会ってお話できるのを楽しみにしています♪

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