通信制 青木奈緖さんのエッセー講座第3期第1回

エッセー作品「父の優先順位」加藤博子さん

公開日:2021.12.02

更新日:2021.12.01

「家族」をテーマにしたエッセーの書き方を、エッセイストの青木奈緖さんに教わるハルメクの通信制エッセー講座。参加者の作品から青木さんが選んだエッセーをご紹介します。加藤博子さんの作品「父の優先順位」と青木さんの講評です

「父の優先順位」
エッセー作品「父の優先順位」加藤博子さん

父の優先順位

明け方、名前を呼ばれた気がして目が覚めた。
付き添い用の簡易ベッドは一段低く、頭上で白い手が空を彷徨うのが見えた。
「お父さん、私はここにいるよ。」そっと手を握ると、父は静かな寝息をたて始めた。
悪性リンパ腫で余命僅かと言われていた父に、初めて泊まりで付き添った日のことだ。
翌朝母と交代し、家に向かう車の中で携帯が鳴った。
父の旅立ちを知らせる音だった。

子供の頃、父が苦手だった。
絵に描いたような昭和の頑固親父で、とにかく短気なのだ。
自分の支度が出来た時に、家族の準備が間に合わないと、もう機嫌が悪い。
「やめだ、今日のドライブは止めだ。」と臍がそっぽを向く。
私はいつも父の顔色を窺ってビクビクしていた。

「女だからと甘えるな。1人で食えるようになれ。」それが父の口癖だった。
一代で立ち上げた商売は繁盛し、私は大学まで出してもらった。
しかし自営業には保証も有給も無い。
病気になれば、お客が来なくなれば、家族はすぐに路頭に迷う。常に薄氷を踏む思いであったようだ。
子供にはそんな思いをさせたくなかったのだろう。

小学生の頃、バレエやピアノを習う友達を尻目に、私は剣道の道場に通った。
父と一緒に風呂に入れば「おまえは骨格がしっかりしている、丈夫に育つぞ。」と言われた。
たしか家の柴犬が子供を生んだ時「こいつは骨格がしっかりしているから大きくなるぞ。」と子犬を抱き上げていたっけ。

父にとっての優先順位は、1に健康、2に生活力、「女の子」は要らないのだと思っていた。

父が亡くなった後、病室の引き出しに1枚の写真を見つけた。
私と学生服の息子が写っていた。春に高校の入学式で撮ったものだ。

「孫は可愛いのね。そういえばお父さん、この子が生まれてタバコ止めたんだよね。長年親しんだものをスパッと。」
写真を手にとり私が言うと
「お父さん、あなたが生まれた時にお酒を止めたのよ。」
「えっ?」
初めて聞く話だった。父は酒を嗜まない。飲めないのだとばかり思っていた。

「昔は酒飲みだったのよ。だけど赤ちゃんがしょっちゅう熱を出すから止めたのよ、スパッとね。」
「お父さんね、その写真を見て言ってたよ。『娘がいて良かった。おかげで宝が二つになった』って。」
母はこう続けた。「二つの宝の為なら、どんなことでも出来る人だったねえ。」
私は涙が止まらなかった。

 

青木奈緖さんからひとこと

しっとりとした良い作品です。

今の世代の若いお父さんたちは違うでしょうけれど、昔のタイプの父親は口下手な人が多く、娘は父親の愛情を実感できないことも多いような気がします。

「自分の父親はこんな人だと思っていたら、実はそうではなかった」という思い違いもよくあることです。

このお父様の優先順位は一番がお嬢様だったというお話、しみじみと拝読しました。

 

ハルメクの通信制エッセー講座とは?

全国どこでも、自宅でエッセーの書き方を学べる通信制エッセー講座。参加者は毎月1回家族の思い出をエッセーに書き、講師で随筆家の青木奈緖さんから添削やアドバイスを受けます。書いていて疑問に思ったことやお便りを作品と一緒に送り、選ばれると、青木さんが動画で回答してくれるという仕掛け。講座の受講期間は半年間。

現在第3期の講座開講中です。次回第4期の参加者の募集は、2022年1月に雑誌「ハルメク」の誌上とハルメク旅と講座サイトで開始します。募集開始のご案内は、ハルメクWEBメールマガジンでもお送りします。ご登録は、こちらから

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