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- エッセー作品「助手席から」三澤モナさん
随筆家の山本ふみこさんを講師に迎えて開催するハルメクの通信制エッセー講座。参加者の作品から山本さんが選んだエッセーをご紹介します。第2回の作品テーマは「風」です。三澤モナさんの作品「助手席から」と山本さんの講評です。
助手席から
3月3日。今朝の雪はふわふわと舞い、しーんとしていて、穏やかだ。
1か月前、2月4日の雪は、違っていた。
その日の雪はほぼ真横に吹き、窓に強く当たった。暴風雪警報が出ていたその夜、演劇観賞を終えて、夜9時に帰途に就いた。私が運転で夫が助手席にいた。猛吹雪だ。
町を抜けて、吹きさらしの田んぼの中の「空港道路」に右折した途端に、車体がぐわっと揺れた。ハンドルを強く握りなおす。海側からの風が雪を吹き付ける。ヘッドライトに照らされた雪の渦は、車を闇に引きずり込むような勢いだ。先が見えない。東北自動車道のホワイトアウトによる死亡事故が頭をかすめる。演劇の話をしていた夫はそれをやめた。
「うわー怖いなぁ」
その後が大変だった。助手席からの声は断続的な嵐のように続いたのだ。
「スピードを落として」
「前は見えているか」
「ガソリンは十分か」
「ブレーキはゆっくり」
「そんなに左によると、雪にはまるぞ」
運転に口出しするとけんかになるから、運転手に命を預けるというのが2人の暗黙の了解ではなかったか?
前方にパトカーの赤色灯が見える。前の車のブレーキ灯が見えた。私もゆっくり止める。大きな除雪車が、派手なライトで辺りを照らしながら、せっせと除雪している。雪の中から車を救出する人の影もあった。
やがて、警察官が、1台1台に声をかけているのが見えた。すると助手席からせかされる。
「ほらほら、窓を開けて」
「すみませ~ん、運転手さん」と、警察官が吹雪に負けまいと大きな声で説明した。
この先で数台が雪にはまっている。雪は膝ぐらいまであり、進むのは無理とのこと。警察官の顔は、吹きつける雪で水滴だらけだった。
Uターンして迂回することとする。住宅地に入ると風が和らいだ。自宅に続く坂を上る。
「アクセルを離したら止まるぞ」
これが、助手席からの最後の駄目だし。
夜11時、いつもの3倍ほど時間をかけて、やっと家にたどり着いた。
視野狭窄で、好きな運転を諦めざるを得なくなった夫の、「運転したい」という心の声がひしひしと伝わってきた数時間でもあった。
車庫に入れて緊張が解けたとき、ため息とともに言葉がもれた。
「はあ、うるさかったあ」
山本ふみこさんからひとこと
どんな気持ちで読んだか、ですって?
それはくるまの後部座席で、手足を突っ張っている、そんな気持ちで読みました。どきどきしながら。
「警察官の顔は、吹きつける雪で水滴だらけだった」
ここで、事態の厳しさとともに、登場人物のぬくもりを感じました。
そうしてだんなさまの「運転したい」という心の声を聞きとる書き手の、あたたかさと云ったら!
通信制 山本ふみこさんのエッセー講座とは
全国どこでも、自宅でエッセーの書き方を学べる通信制エッセー講座。参加者は毎月1回出されるテーマについて書き、講師で随筆家の山本ふみこさんから添削やアドバイスを受けられます。講座の受講期間は半年間。
次回第3期の参加者の募集は、2021年6月に雑誌「ハルメク」の誌上とハルメク旅と講座サイトで開始予定。募集開始のご案内は、ハルメクWEBメールマガジンでもお送りします。ご登録は、こちらから。
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