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- エッセー作品「衣装持ち」夏坂 晴子さん
「家族」をテーマにしたエッセーの書き方を、エッセイストの青木奈緖さんに教わるハルメクの通信制エッセー講座。参加者の作品から青木さんが選んだエッセーをご紹介します。夏坂晴子さんの作品「衣装持ち」と青木さんの講評です。
衣装持ち
70近い母が、白無垢を着ている写真、成人式の帯を締めている写真などが、パラパラと出て来て、びっくりした。
母の物を整理していた時のこと。
着付け教室に通っていたんだ。そういえば着付け師範の大きな木札、あったわ。近所の人たちに頼まれて、よく着付けしてあげていたし。
41歳から事務の仕事を始めた母は、いつまでも居てほしいという会社を、私たちのたっての願いを聞き入れ、65歳で退職した。その頃、着付け教室に通い始めたようだ。
「晴子、ちょっと来てちょうだい、持って。」
母によばれて、帯を締めたり、髪をアップに整えたりする手伝いは、小学生の頃からずっとしていた。
その後、私の語りや朗読の発表会の折には、着物の着付けは母に頼んだものだ。
しかし、80半ば位からうまく出来なくなった、と、渋るようになった。
かねて私は自分でできるようになりたい、と思っていたので、定年後友人と週1回、着付け教室に通った。
母の着物や帯を持っていく度に、
「お母さん、ぜいたくな女(ひと)ねえ。」
と、先生が感嘆するのだ。
このような刺しゅうは、今ではもうできる人はいないわ、とか、モダンな帯ねえ、とか、先生はいろいろ話して下さった。
訪問着、小紋など、母が、これ程持っていると知っていたら、レンタルでなく、自分の着物で稽古できたのに。
母に、先生の話を伝えると、生家の旅館では、夕方になると、仲居さんや女中さんたちが一斉に着物を着替えたそうな。
その時、「ゆっちゃん(母の名は幸恵(ゆきえ))、どっちがいい?」と、あっちから、こっちから、聞かれて、見立てているうちに、目が肥えたのかしら、という。
長女であった母は、5歳で実母を亡くし、20歳で後妻に入った継母とは、難しい関係だったようだ。
母は着物で恥ずかしい思いをしたのか、その不満が、あとまでずっと、くすぶっていた。
私が生まれてからは、段々、ふたりのわだかまりが解けたのだろうか。
川口に居た母に、青森の継母は着物や道行などを送ってよこしたらしい。
継母の道行は大正ロマン風の光沢ある赤紫の絹織物で、母はそれを着物に直して着ていた。
芝居の衣装としても舞台映えする色合いで、私は彩の国劇場での市民劇団の公演の際に、おかみ役でこの着物を着たりした。
合わせて締めた黒地に抽象的な柄の帯を、先生が、モダンといっていたと話すと、
「銀座だったか、新橋かなあ、フラッと入った横丁の呉服屋さんで、ひと目ぼれしてね……」
母には気に入りの置賜紬(おいたまつむぎ)の着物もあり、着付け教室で山形の工房を見学した時に、買ったのよ、などと、着物への思いは尽きなかった。
どうやら母は、私たちが巣立っていったあとに着物への思いを満たすべく、次から次へと買ったようだ。
羽織も、着物も、仕つけ糸がついたまま、一度も袖を通していないものもあった。
ある時、その羽織を借りようとすると、まだ一度も着たことないワ、と、私をうらむかのように見ながら、渡してくれた。
せっかく着物や帯の1つ1つのストーリーに興味を持ち始めたのに、まだ充分聞かないうちに、母は認知症になってしまった。
こんなにそばに、尊敬できる、魅力的な人生の先輩がいたことに気づけなかった。
遠くの人ばかり見て、母とよりそわずに、徒に時を過ごしてしまったものだ。
それにしても、母も着付け教室に通っていたとは。
青木奈緖さんからひとこと
お母様がお持ちのたくさんの着物の思い出です。
追想のようでも、ひとりごとのようでもあります。お母様がこれだけの衣装持ちになったいきさつが語られ、着物への思いが夏坂様へと受け継がれていきます。
お二人とも、負けず劣らず、お着物好きでいらっしゃいますね。
ハルメクの通信制エッセー講座とは?
全国どこでも、自宅でエッセーの書き方を学べる通信制エッセー講座。参加者は毎月1回家族の思い出をエッセーに書き、講師で随筆家の青木奈緖さんから添削やアドバイスを受けます。書いていて疑問に思ったことやお便りを作品と一緒に送り、選ばれると、青木さんが動画で回答してくれるという仕掛け。講座の受講期間は半年間。
次回の参加者の募集は、2021年7月に雑誌「ハルメク」の誌上とハルメク旅と講座サイトで開始予定。募集開始のご案内は、ハルメクWEBメールマガジンでもお送りします。ご登録は、こちらから。
■エッセー作品一覧■
- 青木奈緖さんが選んだ5つのエッセー#3
- 青木奈緖さんが選んだ3つのエッセー#4
- 青木奈緖さんが選んだ3つのエッセー#5
- エッセー作品「時の流れ」加地由佳さん
- エッセー作品「心のゆたかさ」岡島みさこさん
- エッセー作品「衣装持ち」夏坂晴子さん
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